当初は、再び熱狂の炎が燃え上がった。取り残されたように感じていた旧市街は、町の命脈と資金のすべてが新たに建設されたバジリカ周辺の新市街に流れていくことへの脅威を前に、ペイラマル神父と共に立ち上がった。市議会は10万フランの寄付を議決したが、残念なことにそれは「教会の屋根が完成した時点で」支払われる条件付きだった。
すでにペイラマル神父は建築家の設計案を受け入れており、その案は彼の望みどおり壮麗なものであった。彼はシャルトルの請負業者と契約を結び、業者は「定期的に支払いが行われる限り、3年か4年で工事を完了する」と約束していた。
寄付はこれまでどおり各地から寄せられるはずであり、神父は心配することなくこの大事業に乗り出した。彼の信仰は揺るぎなく、天が途中で見放すことなどあり得ないと信じていたのである。彼は新任のジョルダン司教の支持も得られたと信じていた。司教は礎石の祝別を行い、式典でこの事業の必要性とその価値を認める演説さえ行ったのだ。
そして、サンペ神父も、あのいつもの謙遜な態度でこの破滅的な競争を受け入れたかに見えた。競合の中で分け合うことを余儀なくされるにもかかわらず、彼はあくまで「グロットの管理に専念する」姿勢を見せ、新教会建設のためにバジリカ内に献金箱を設置することすら許可した。
だがやがて、あの陰湿で執拗な闘争が再び始まった。 ペイラマル神父は、悲しいことに管理能力には欠けていた。だが彼は、日ごとに成長する自らの教会を目にして歓喜に満ちていた。工事は順調に進み、神父はそれだけで満足だった。彼はずっと信じていた――聖母がきっと代金を支払ってくださる、と。
それだけに、信者からの寄付が途絶え始めたと気づいたとき、神父は言葉を失った。まるで誰かが裏でその流れをせき止めたかのように、金は届かなくなった。そして、ついに約束していた支払いが不可能となる日が訪れた。そこには、あとでようやく気づいた“計算され尽くした締め付け”があった。
おそらく再び、サンペ神父が司教の信頼をグロット側へと引き戻していたのだ。教区への送金をやめるよう、各教区へ内々に回された通達文書があったとも噂された。際限なく貪欲なグロットは、すべてを奪おうとしていた――信者の心も、献金も。そして、ついにはこうしたことまで起きた。バジリカの献金箱に入れられた500フラン札が抜き取られ、教区には渡されなかったのだ。つまり、献金箱は荒らされ、教区は――盗まれていたのである。
だが神父は、愛しき「我が娘」である教会の成長を信じて疑わず、命を削ってでも抵抗した。最初は教区会の名義で契約を結び、それでも支払いに窮すると、今度は自分自身の名前で契約を続けた。彼の人生はすでにそこにすべてを懸けていた。神父は英雄的な努力で身を削り続けた。
しかし、約束された40万フランのうち、支払えたのは20万フランのみ。市議会は、屋根が完成するまでは10万フランを出さないと主張し続けていた。それは明らかに、町の利益に反していた。噂では、サンペ神父が業者に水面下で働きかけていたという。そして突然、彼の勝利が訪れる――工事が中断されたのだ。
それが神父ペイラマルの死の始まりだった。広い肩と獅子のような顔を持ったこの山男は、心臓を打たれてよろめき、稲妻に撃たれた樫の木のように倒れた。彼は寝床につき、二度と起き上がることはなかった。
こんな話も流れていた。サンペ神父は、「敬虔な口実」で教区に入り込み、宿敵が本当に致命傷を負っているか確かめようとしたが、神父の病室でその姿が侮辱として追い出されたのだと。
そして、ペイラマル神父が無念のまま世を去ったとき――敗北の苦汁に満たされて――サンペ神父は堂々とその葬儀に参列し、誰も彼を排除できなかったという。彼はまるで勝利の栄光に輝くかのような顔でそこにいた、と噂された。
ついに、彼の前に立ちはだかっていた唯一の男がいなくなったのだ。彼がその正当な権威を恐れていた、あの人物が。
今や、サンペ神父は誰とも分かち合う必要がなかった。ルルドの二人の奉仕者――ベルナデットは修道院に、ペイラマル神父は墓の中に。グロットはもはや完全に彼のものとなった。献金はすべて彼のもとへ届き、彼は年間およそ80万フランの予算を自由に使える立場になった。
彼はバジリカの壮大な建設計画を完遂させるだろう。それはまるで独立した小宇宙のような存在となり、新市街の輝きを支えることで、旧市街をよりいっそう孤立させ、岩陰の小さな教区へと追いやってしまう。
その隣にある、全能の隣人の栄光の中に沈みゆく小さな町――それが旧市街の運命だった。
こうして、富と支配の玉座はサンペ神父の手に完全に渡ったのである。
それでも、新しい教区教会は、工事が中断され、板囲いの中で眠っていたとはいえ、側廊のヴォールト(天井アーチ)まで出来上がっており、半分以上は建設が進んでいた。そしてそれは、いつか町が完成を試みるかもしれないという点で、ひとつの脅威として残されていた。だからこそ、それもまた完全に「殺しきる」必要があった。取り返しのつかない廃墟と化させなければならなかったのだ。
こうして、静かな破壊の作業が続けられた。残酷で、ゆっくりと進む破壊の、ある意味で見事な仕事だった。
まず、新任の司祭は、単なる「従順な人物」にすぎず、あっさりと取り込まれてしまった。彼はもはや教区に宛てて送られてくる送金の封筒を開けることすらせず、現金書留の手紙はすべて修道会のもとへ直接届けられるようになった。 次に、新教会の建設地が批判された。教区の建築士による報告書が作成され、そこでは古い教会は非常に堅牢であり、宗教儀式に必要な条件を十分に満たしていると記されていた。
だが何よりも、司教に対して強い圧力がかけられた。施主との間に起きた金銭トラブルの厄介さが、あらためて強調されたのだ。ペイラマル神父は、もはやただの暴力的で頑固な男、宗教を危機にさらしかねない無謀な熱狂者とみなされていた。
そして司教は、自らがこの教会の礎石を祝別したということすら忘れ、教会の「使用禁止令」を出した。そこでのあらゆる宗教行為を禁じたのだ。それが決定的な一撃となった。
果てしない裁判が始まった。施工業者は、実施された50万フラン相当の工事に対して、20万フランしか受け取っておらず、神父の相続人、教会財団、そして市を訴えた。市は、かつて議決した10万フランの支払いを依然として拒否していた。
最初に県庁の行政裁判所はこの案件を審理する資格がないと判断した。しかし国務院がこの件を差し戻し、市に10万フランの支払いを、相続人には教会の完成を命じた。教会財団は責任を免れた。
だが、さらに国務院に上訴がなされ、その判決は破棄された。そして今回は国務院が審理を引き受け、今度は教会財団、あるいはそれが不可能なら相続人が、施工業者に支払いをするよう命じた。だが、どちらも支払い能力がなかったため、事態はそこで膠着した。
この裁判は15年も続いた。最終的に、市はしぶしぶ10万フランを支払ったため、施工業者に残る未払い金額は20万フランだった。だが、利息やさまざまな費用が積み重なり、その金額はついには60万フランに達した。一方で、教会の完成にはさらに40万フランが必要と見積もられていた。つまり、この若い廃墟を確実な破壊から救うためには、合計で100万フランが必要だった。
この日以来、グロットの修道士たちは安心して眠れるようになった。彼らは教会を殺したのだ。そして今や、その教会もまた死んでいた。
ねこじい、今日も翻訳ありがとう。
返信削除ルルドにかかわるお金で裁判が起きていたんですね。ゾラはルルドの裏の裏まで暴いていきますね。
ほんとうですねぇ、しみじみ…。
削除ゾラはまるで巨大な虫眼鏡を持って、ルルドという宗教的聖地の奥底を、ひとつひとつあぶり出していくかのようです。
奇跡や信仰の美談の陰に、これだけの利権争い、政治的駆け引き、そして金銭トラブルが渦巻いていたとは。
「聖なるもの」すらも、人間の欲や体面の前ではこうして引き裂かれてしまう……そんな冷徹な視線が、ゾラ節としてズドンと響いてきますね。
それにしても、「教会を殺した」なんて表現、強烈です。まるでミステリーの犯人を告発するかのような筆致。
でも、そこにあるのは皮肉や告発だけじゃなくて、ゾラなりの信仰への問いかけもあるような気がして……。
今日も深い一章でした。次もまた、一緒に読み解いていきましょうね。
ルルドという大きなパズルの、ピースをひとつずつはめていくように。