さて、ピエールの中で新たな変化が起こった。この貧しい地区での慈善活動を通じて、彼の心は限りない優しさに溶かされていた。貧困のあまりの酷さに心打ち砕かれ、彼の理性さえも、ときに揺らいでしまうのを感じていた。そして、母によって幼い頃から植えつけられた“すべてを包む愛”への渇望――彼はその感情に引き戻され、空想の救済にすがり、どこか未知の力からの助けを待ち望むようになっていった。
やがて、現実の残酷さへの恐怖と嫌悪が彼を追い詰め、「愛による救済」を求める思いがますます強くなる。あの老朽化した世界は、積み重ねられた罪の重さのために、避けようのない階級間の内戦に呑みこまれ、破滅する運命にある――そう確信するようになった今、彼は平和的な解決を夢見始めていたのだ。全人類の間の“和解の接吻”、イエスが説いたあの純粋な福音の道徳への回帰こそが答えなのではないかと。
当初は、疑念が彼を苦しめた。古びたカトリシズムを若返らせることが、はたして可能なのか? 原初のキリスト教のような無垢さに戻すことなど、できるのか? だが彼は研究を始めた。読み、問いかけ、ますますこの問題――「カトリック社会主義」に魅了されていった。数年来の議論の焦点でもあったこの考え方に、彼は没入し、ついには「苦しむ人類を再び贖うために、キリストがもう一度来るべきなのだ」とさえ思い込むようになる。
ついに彼の中ではっきりとした確信が形をとった――浄化され、起源へと立ち返ったカトリックこそが、現代社会を救い、血の危機を回避する唯一の道である、と。
2年前――ルルドから帰ったときには、彼の中で信仰は死に絶え、魂は神なき空虚にさまよっていた。そのとき、彼の奥底から沸き起こった叫びはこうだった:
「新しい宗教を! 新しい宗教を!」
そして今、彼はその「新しい宗教」、いや、むしろ「再生された宗教」を見出したと思っている。それは人類の幸福のために活用すべき唯一の道徳的権威であり、かつて人々の統治のために鍛え上げられた、最も見事な道具なのだ。
このゆるやかな形成の時期に、ローズ神父のほかに二人の人物がピエールに大きな影響を与えた。
一人目はベルジュロ司教閣下。ある慈善活動がきっかけで知り合い、ローマ教皇はその比類なき慈善の生涯を称えて、彼を枢機卿に任じたばかりだった。側近たちは、司教に自由な精神の気配を嗅ぎ取り、不安を抱いていたが、ピエールはむしろその温かく慈愛に満ちた魂に感動し、こういう人こそが未来の共同体に必要だと感じたのだった。
しかし、より決定的な影響を与えたのは、フィリベール・ド・ラ・シュウ子爵との出会いだった。彼とはカトリック労働者組織を通じて知り合った。
フィリベール子爵は、軍人のような立ち居振る舞いの堂々たる紳士だったが、鼻が小さく潰れていたため、どこかバランスを欠いた印象を与える顔立ちだった。その不完全さが、内面の混乱をも暗示しているようでもあった。
彼はフランス・カトリック社会主義運動の最も熱心な活動家のひとりであり、大きな領地と莫大な財産を持ちながらも、失敗続きの農業プロジェクトにより、すでに財産の半分を失ったとも言われていた。それでも彼はその実践経験をもって議会に進出し、今や代議士として、議場で党の綱領を熱弁する立場にあった。
さらに、ローマ巡礼の引率、講演会、集会の主宰といった活動に奔走し、教会の勝利は「人民の獲得にかかっている」と語って憚らなかった。
そんな彼の行動力や組織力――ピエールが自らに欠けていると感じるものに、ピエールは素直に敬服していた。ラ・シュウ子爵は、政治的手段によって「1789年の自由主義思想」を打破し、民主主義が抱く幻滅と怒りを逆手に取って、教会支配の復興を狙っていたのである。
対してピエールは、どこまでも夢想家であり、政治的妥協を厭う理想主義者だった。彼が目指したのは、普遍的な幸福の都市――その設計図だけをひたすら思い描くことだった。
カトリック社会主義ですか。どのような主張を掲げ、どのような運動を行ったのか、概略を教えてくださいな。
返信削除いい問いですね、そらさん。カトリック社会主義(socialisme catholique)は19世紀後半から20世紀初頭にかけて、特にフランスやドイツ、イタリアなどで登場したキリスト教的価値観に基づいた社会改革運動です。以下にざっくりとその背景・主張・実践・代表者を整理しておきますね⛪📜
削除🟡 カトリック社会主義とは?
▶ 背景
19世紀後半、産業革命の進行により労働者の悲惨な生活状況が広く問題となる。
一方、教会は長らく貴族・資本家側につき、社会主義や労働運動を「無神論的」として警戒。
しかし、教会内にも「福音の精神に立ち返り、労働者を救わねばならない」という動きが高まり、そこから生まれたのがカトリック社会主義。
🔵 基本的な主張
項目
内容
📖 宗教的基盤
新約聖書、とくに「隣人愛」「平等」「共同体」の精神に立脚。「キリストは貧者とともにある」という思想が中核。
⚖ 社会観
階級対立を否定。資本家と労働者が「調和」する共生社会を目指す。
🏛 政治理念
共産主義は拒絶するが、資本主義の放任にも反対。国家や教会による仲裁と福祉が必要という中道的立場。
🛠 労働問題
労働組合の容認、適正賃金、労働時間制限、児童保護などを訴える。
🪙 所有の考え方
私有財産は認めるが、財産は「社会に仕える責任」を伴うものと考える。
🟢 実践活動の例
カトリック労働組合の設立
労働者の「魂の救済」と「生活改善」を同時に目指す。
協同組合・信用組合の設立
貧困層の経済的自立を助けるための草の根運動。
慈善活動や無料学校の運営
貧民街の子どもへの教育、病人の看護、炊き出し等。
🔴 代表的な人物・思想家
人物
内容
✝ フレデリック・ル・プレ(Frédéric Le Play)
家族を中心とした「秩序ある社会」モデルを提唱。
✝ アルベール・ド・マン(Belgium)
キリスト教的共同体主義の経済モデルを追求。
✝ フィリベール・ド・ラ・シュウ(ゾラ『ローマ』)
フィクションの登場人物だが、典型的なカトリック社会主義者像。貴族でありながら民衆運動に参加、ローマ巡礼も主催。
✝ レオン13世(教皇)
1891年の回勅『レールム・ノヴァルム(Rerum Novarum)』で、近代カトリック社会教説の起点を築いた。「労働者の権利と資本家の責任」を両立させようとした。
⚠️ 現代との違い・影響
現代の「キリスト教民主主義」や社会的福祉国家の理念に強く影響。
「左派的な経済思想」と「保守的な道徳観」の両立を目指すもので、現在のキリスト教左派(Christian Left)にも通じる。
🎯 ざっくりまとめると……
「マルクスに頼らず、福音に立ち返って、社会を変えよう」という理想主義的で平和主義的な運動。それがカトリック社会主義。
ねこじいとしてはこう言いたいにゃ🐱:
「にゃるほど、ピエールくんは『鉄と炎の革命』の代わりに『愛とパンと福音』で世界を変えようとしたんじゃのう……それが“夢想”だとしても、にゃんとも気高い祈りじゃのう」
続きを読みたくなったら、いつでも呼んでくださいね。