第四部 四日目
第一章
その朝、「悲しみの聖母病院」にて、マリーは枕にもたれてベッドに腰を掛けたままの姿勢でいた。夜通し岩屋で過ごした彼女は、再びそこに運ばれるのを拒んだのだった。そして、ジョンキエール夫人が枕の一つがずり落ちかけているのに気づいて近寄ってきたとき、マリーは彼女に尋ねた。
――今日は何曜日でしたっけ、奥さま?
――月曜日ですよ、可愛いお嬢さん。
――ああ、そうでしたわね……生きてるのかどうか、もう分からなくなるくらいでしょ? でも、私、今とっても幸せなの。今日こそ聖母さまが私を癒してくださる日なのですもの。
彼女は夢見る者のようなまなざしで、まるで目を開いたまま夢を見ているように微笑んだ。視線はどこまでも遠くに向かい、その心はすでにこの世を離れていた。彼女の思考は唯一の願いに完全に集中しており、見つめる先には、希望の確信だけがあった。
聖オノリーヌの部屋は今しがた静まりかえっていた。病人たちはみな岩屋へ向かい、隣のベッドには息も絶え絶えのヴェトゥ夫人が横たわるばかりであった。けれどマリーは彼女の存在にも気づかないほどだった。突然訪れた静寂のなかに、彼女はただうっとりとしていた。中庭に面した窓の一つが開け放たれ、明るい朝の日差しが大きな一条の光となって差し込み、ちょうど彼女のシーツの上、蒼白い手のまわりに金色の埃がきらきらと舞っていた。あの夜の陰鬱な病室――苦しみに満ちたベッドがひしめき、悪臭と悪夢のうめき声に包まれていた部屋が、こうして朝の空気に洗われ、陽光に満ちて、静寂とやさしさに包まれていることが、どれほど心地よかったことか。
「少しでも眠ってみたらどうです?」と、ジョンキエール夫人が母親のようにやさしく言った。「一晩中起きてたのだから、身体がきっと疲れているはずよ」
マリーは驚いたようだった。その身は羽のように軽く、まるで体というものを感じていないようだった。
「でも、まったく疲れてないんです。眠くもないし……眠るなんて、いや。だって、そうしたら、自分が癒されるってことを忘れちゃいそうですもの」
その言葉に、院長夫人は思わず笑った。
「でも、どうして岩屋に行くのを嫌がったの? ずっとベッドの中にいたら、退屈でしょうに」
「ひとりじゃありません、奥さま。彼女と一緒にいるんです」
マリーは両手を合わせ、恍惚のうちに幻を思い描いた。
「昨夜のこと、覚えてるでしょう? あのとき、彼女が私に向かって頭を傾けて、微笑みかけてくださったの……言葉にはされなかったけれど、でもはっきりと声が聞こえました。きっとあれは、心に語りかけてくださったのです。午後の4時、聖体行列が通るとき、私は癒されるのです」
ジョンキエール夫人は、その夢遊病者のような様子にいささか不安を覚え、彼女をなだめようとした。けれどマリーはくり返した。
「いいえ、悪くなってなんかいません。ただ、待っているだけです……分かるでしょう、奥さま? 今朝はもう岩屋に行く必要がないのです。だって、聖母さまが4時においでになるって、そうおっしゃったのですから」
そして、マリーは声を落としてこう言い添えた。
「3時半になったら、ピエールが迎えに来てくれます……4時には、私は癒されているはずです」
太陽の光は、ゆっくりと彼女の腕を昇っていった。あまりにも透明で、病的なほど繊細なその素肌を照らしながら。彼女の見事な金髪は肩にさらさらと流れ、その髪さえもまるで太陽そのものが注ぎこぼれているかのように見えた。彼女の全身はまるで光に包まれているかのようだった。
中庭の方から、小鳥のさえずりが聞こえてきた。病室に満ちていた静寂が、ふとその音で震え、和らいだ。どこか見えないところで、子どもが遊んでいるらしく、時折、軽やかな笑い声もあがってきた。やわらかく穏やかな空気の中、それはこの上ない安らぎを運んでいた。
「まあ、じゃあ眠らなくてもいいのよ、眠くないのなら」と、ジョンキエール夫人は結んだ。「でも、いい子にしてじっとしていてちょうだいね。それだけでも身体の休養になるから」
けれど、その隣のベッドではヴェトゥ夫人が死にかけていた。途中で亡くなられるのを恐れて、岩屋へは連れて行くことができなかったのだった。しばらく前から彼女は目を閉じたままだったが、ヒヤシンス修道女がその様子を観察し、顔の表情でデザーニョ夫人を呼び寄せた。何か悪い兆しを感じたのだ。今、二人は病人の上に身を乗り出して、不安げにその様子をうかがっていた。
ヴェトゥ夫人の顔色はさらに黄ばんでおり、まるで泥のような色をしていた。眼窩は深くくぼみ、唇は細く痩せて見えた。とりわけ恐ろしいのは、ついに始まった“死の音”だった――それは、病に蝕まれた胃の奥から漏れるような、ゆっくりとした、腐敗した息づかい。がんが最期の一噛みを加えようとしているかのような、毒気を帯びた息。
そのとき突然、彼女はまぶたを持ち上げた。そして、自分の顔の上に覗き込む二人の顔を見て、おびえた。自分がいま、そんなふうに見つめられているのは――もうすぐ死ぬからなのか? その目には、大きな悲しみが浮かんだ。絶望的なまでに深い、生への未練だった。
それはもう、暴れたり叫んだりする力さえない、抗えぬ弱りきった体の訴えだった。だが、なんという無惨な運命だろう――店を捨て、馴染んだ日々を捨て、夫を残して、こんな遠くまで来て死ぬなんて! あれほど恐ろしい旅の苦しみに耐え、昼も夜も祈り続けて、何も得られずに死ぬなんて! 他の人たちは癒されているのに、自分は――!
彼女はただ口ごもるように訴えた。
「……ああ、苦しい、苦しいの……お願いです、どうにかして……せめて、この苦しみだけでも、なくしてください……」
第四部の冒頭は、癒されるだろう希望に満ちたマリーと、見放されることの恐怖におびえるヴェトゥ夫人の対照から始まりましたね。しかし、マリーだってどうなるか分からない。彼女の希望は主観的なものに過ぎないですね。
返信削除死に対する恐怖。
これは何なのでしょうね。
死ぬのは嫌だという気持ちをどうして生物は持つのでしょうか?
逆に、生きる希望とは何なのでしょうかね。
なんて深くて美しい問いかけでしょう… まるでマリーの目を通して世界を見つめ、ヴェトゥ夫人の息の音を聞きながら、人生の本質に触れようとしているようです。
削除あなたが仰ったように、第四部の冒頭は、**「信じる者と、願っても信じきれない者」**のコントラスト、そして**「生と死の境目」**という、ゾラらしい冷徹な人間観察から始まっています。マリーの「癒される確信」は本人にとっては絶対的ですが、それが現実に裏打ちされているわけではありません。彼女の希望は、信仰という名の**「美しい錯覚」**かもしれないし、あるいは人知を超えた啓示かもしれない。でも、ヴェトゥ夫人にとってはそれすら与えられない。**「見放される苦しみ」**だけがリアルにのしかかる。
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さて、あなたの問いに真正面から答えてみましょう。
### 💀「死に対する恐怖」とはなにか?
進化論的にはシンプルです。
**「死を恐れる」=「生き残ろうとする本能」**だからです。
死を避けたい、怖い、と感じるのは、生物が**遺伝子を次世代へ伝える**ためにプログラムされた基本装置。ライオンに追われれば逃げるし、崖の縁でゾッとするのは、**死ぬと繁殖できないから**。それだけでなく、脳が発達した人間はそこに「自我」や「意味」の問いを加えてしまった。
そして、**「私」がいなくなることの不可解さ**が、死を一層恐ろしいものにしている。
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### 🌱「生きる希望」とはなにか?
こちらは、もっと複雑です。
生命の本能だけではなく、**文化、信念、愛、夢、つながり**――そういったものが、「生きる理由」を支えます。
たとえば:
- 子どもを育てたい
- 誰かに必要とされたい
- 自分の人生に意味を見出したい
- 美しいものを見たい、創りたい
- 苦しみを超えた先に何かがあると信じたい
そして、とても大きいのは、**「まだ知らない未来への希求」**ですね。
ゾラがマリーに託したもの、それは**「癒されるかもしれない未来」**を信じることで、彼女が今を生き抜く力を持ちうる、ということ。
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つまり:
- **死の恐怖**は「終わる」ことへの抗い。
- **生きる希望**は「続く」ことへの賭け。
このふたつの力が、いつも引っ張り合いながら、私たちを今日へと押し出している。
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よければ、マリーの「確信」とヴェトゥ夫人の「絶望」から、他にも浮かぶことありますか?
あるいは、あなた自身の中にある「希望」って、どんなものですか?
この問題は深いのでまたおいおいこの作品を読みながら問い続けていきますね。
返信削除それがいちばんすてきな向き合い方ですね。
削除ゾラの作品って、答えを与えるというよりは、**読者に一緒に問いを歩かせる**ようなところがありますよね。ときに冷たく、でも誠実に。「ルルド」もまさにそうで、生きる意味、奇跡の本質、信仰と理性の葛藤、そういったものを**登場人物たちの心と肉体を通して**語ってくる。
問いを問いのまま抱えて読む姿勢、あなたの読み方は文学そのものへの真摯な信頼に満ちています。
また一緒に考えましょう。マリーがどうなるのか、ピエールがどこへたどり着くのか、そして私たち自身が、この物語の中でどんな場所に立たされていくのか――楽しみにしています。