だが、ピエールを駐教皇庁フランス大使に紹介するとナルシスが申し出たと知るや、モンシニョール・ナーニは明らかに不安そうな様子を見せ、声を荒げて言った。
「だめだ、だめだ! それは軽率の極みというものですよ! まず第一に、大使閣下の立場を危うくしかねません。この手の問題では、常に非常に繊細な立場にあるのですから……。それに、仮に失敗した場合――いや、私は失敗するのではないかと懸念しているのです、そう、失敗した場合には、その後いかなる経路をもってしても謁見を得ることは不可能になるでしょう。というのも、大使閣下の体面を損なうような、他の影響力に屈したような結果になるのは、何としても避けなければならないからです。」
ピエールは不安げな面持ちでナルシスを見つめた。ナルシスは気まずそうにうなずき、ためらいがちに言葉を選んで答えた。
「たしかに……実は最近、フランスのある政治家のために謁見を求めたのですが、それが拒絶されましてね……非常に気まずい思いをしました。……モンシニョールのおっしゃるとおりです。大使閣下は、切り札として取っておかねばなりません。ほかの手段をすべて試してからです。」
そして、ピエールの落胆した様子を見て、ナルシスは思いやりのある調子で続けた。
「では、最初の訪問先は、ヴァチカンにいる私の従兄ということにしましょう。」
ナーニは驚き、再び関心を向けてピエールを見た。
「ヴァチカン? ご親戚がいらっしゃるのですか?」
「ええ、モンシニョール・ガンバ・デル・ゾッポです。」
「ガンバ……ガンバ……ああ、そうか、失礼、思い出しましたよ。なるほど、ガンバ閣下に働きかけようとお考えなのですね。それは一つの手段でしょう、検討してみる価値はあります、ええ、ありますとも……」
何度も「あります」と繰り返しながら、ナーニは自分の中でその案を吟味している様子だった。モンシニョール・ガンバ・デル・ゾッポは、何の実務的役割もない、いわばヴァチカン内では“伝説的な無能者”として知られた人物だった。ただ、教皇には愛想がよく、噂話で楽しませることにかけては巧みで、しばしば教皇の腕をとって庭園を散歩する姿が見られた。そのような場で、彼は小さな便宜を引き出すことができるのだった。しかし、ひどく臆病な性格で、自分の影響力を損なうことを恐れるあまり、確実に害が及ばないと確信するまで、何一つ口にしようとしない男だった。
「なるほど! 悪くない考えだ」
ついにナーニは言った。
「ええ、ええ! ガンバ閣下なら、もしその気になってくだされば、謁見を取りつけることができるでしょう……私が直接、事情を説明しに参りましょう。」
そして締めくくるにあたり、ナーニは極めて慎重な助言を並べ立てた。教皇の周囲には注意を払うべきだとまで言ってのけたのだった。ああ、そう、教皇聖下はとても善良で、すべてを善意に受け取ってしまわれるあまり、側近の人選において批判的な眼差しを欠いておられるのだと。いったい誰に接触しているのか、どんな罠にはまりかけているのか、それがまったく分からないのだ。さらには、国務長官猊下に直接働きかけることは、絶対に避けるべきだと示唆した。なぜなら、猊下ご自身も自由ではなく、あらゆる陰謀の渦の中心にいて、その複雑さにがんじがらめとなり、善意すら思うように動かせないからである。
ナーニがこのように、実に穏やかで、完璧な柔和さをたたえた口調で語るにつれ、ヴァチカンはあたかも嫉妬深く裏切りを秘めたドラゴンたちに守られた国のように思えてくる。そこでは、一歩でも門をくぐるには、足を踏み出すにも、体の一部を差し出すにも、事前に入念に下調べをしなければ、全身を喰われてしまう――そんな幻想すら覚えるほどだった。
ピエールは凍りついたように、ますます不安を募らせながら聞き入っていた。再び確信を失いかけた彼は、思わず叫んだ。
「神よ……私には、どう振る舞えばよいのか分かりません! ああ、閣下、あなたは私を落胆させます!」
ナーニはふたたび、愛想の良い笑みを浮かべた。
「私が? おやおや、それは心外です、わが息子よ……私はただ、じっくり考えて、軽挙は慎むよう申し上げたいだけなのです。焦る必要などありません、誓って申し上げますよ。何しろ、あなたの著書に関する報告を行うための顧問神学者が、ようやく昨日決まったばかりです。実際の調査が進むまでには、少なくとも1ヶ月はあるのです。だから今は、誰にも会わず、あなたの存在を知られないようにローマを楽しんでください。それがいちばん、事をうまく進める方法なのです。」
そう言って、ナーニはその貴族的でふくよかで柔らかい両手で、ピエールの手を包み込むように握った。
「このように申し上げるのには、それなりの理由があるのですよ……正直に言いましょう、もしも適切な時であれば、私自身があなたを教皇聖下のもとへ直接お連れすることを誇りに思ったでしょう。しかし今の段階では、私が関わるのは得策ではありません。むしろ有害にすらなりかねない。――ですが、よろしいですか、万が一、どなたも成功しなかった場合には、私が謁見をお取りします。これは正式なお約束です……。
ただそれまでの間は、お願いです、“新しい宗教”などという言葉は口にしないでください。あなたのご著書にも含まれていて、昨夜も私の前で使われていたあの表現です。新しい宗教などというものはあり得ません、わが息子よ。あるのはただひとつ、カトリックにして使徒的、かつローマ的なる永遠の宗教だけなのです。妥協も放棄もあってはなりません。
それから、どうかパリのご友人方に頼りすぎないように。ベルジュロ枢機卿の高い信仰心は、ローマでは必ずしも高く評価されているとは言いがたいのです……。このすべてを、私は親しみをこめて申し上げているのですよ。」
だが、ピエールが途方に暮れて、すでに半ば打ち砕かれたような様子で、どこから手をつけてこの「戦」を始めればよいのかわからなくなっているのを見て、ナーニ大司教はもう一度慰めの言葉をかけた。
「さあ、さあ、すべてはうまく運ぶだろう。教会のためにも、あなた自身のためにも、最良の結末になるはずです…どうかお許しを。今日はこれ以上お待ちできませんので、猊下にはお目にかかれそうにありません。」
ピエールが先ほどから背後に感じていたパパレッリ師が、今や素早く近づいてきて、ナーニ大司教に向かって、今お待ちの方はあと2名だけですと熱心に訴えた。だが大司教は優雅に微笑みつつ、「急ぎの要件ではないので、また参りましょう」と告げ、会釈して退出した。
ほどなくしてナルシスの番となった。玉座の間に入る前、彼はピエールと握手し、こう繰り返した。
「では、決まりですね。明日、ヴァチカンで従兄に会ってきます。何か返事がもらえたら、すぐにご連絡しますよ。では、また近いうちに。」
すでに正午を回り、待合室には高齢の婦人が一人だけ残っていた。彼女は半ば眠っているようだった。ドン・ヴィジリオは、秘書机の前で、変わらず黄色の大判用紙に細かい文字で書きつづけていた。時折だけ、彼の黒い眼差しが紙面から離れ、何事も起こっていないかを確かめるように鋭く周囲をうかがっていた。
重苦しい沈黙のもと、ピエールは窓の大きな出窓の奥で、しばし身動きせず佇んでいた。ああ、熱意と優しさを持った自分の心がどれほど不安に苛まれていることか! パリを発つとき、彼にはすべてが明快で自然に思えた。無実の告発を受け、自らを弁護するためにローマへ向かい、教皇の御前にひざまずいて、真摯に訴えれば、きっと理解してもらえると信じていた。教皇とはすなわち、生きた宗教そのもの、真理をもたらす正義の化身、そして何よりも、無限の赦しと神の慈悲の代理者である〈父〉ではないのか? 彼の扉は、すべての教会の子ら──たとえ迷える子羊であっても──が訪れ、苦しみを訴え、過ちを告白し、永遠の慈愛を受けるために開かれているべきものではないのか?
ところが、ローマに到着したその初日から、扉は勢いよく閉ざされ、彼の前には敵意と陰謀に満ちた世界が広がっていた。誰もが彼に向かって「飛び降りるな」と叫ぶかのように、彼の行く手には危険が待っていた。教皇に謁見することは、突飛な願望とみなされ、ローマ中の利害や情熱、ヴァチカンの全勢力を動かすほど困難な課題となっていた。そして彼に与えられるのは、終わりの見えない助言、策略に次ぐ策略、まるで戦を指揮する将軍たちのような駆け引きばかり。状況は複雑化する一方で、うごめく数多の陰謀がその下に潜んでいることを、彼はうっすらと感じはじめていた。
ああ、なんということだ! 思い描いていたのは慈愛に満ちた歓迎だった。道の傍らに開かれた牧者の家、迷った羊でも安らぎを得られる場所であったはずなのに──。
ピエールが心底恐れはじめていたのは、闇の中で得体の知れない悪意が蠢いているという事実だった。ベルジュロ枢機卿は疑われ、まるで革命家のように扱われていた。ローマではあまりに「危険」だと言われ、名を出すことさえ憚られるのだ。ボッカネーラ枢機卿があの同僚について語った際の軽蔑に満ちた表情が、今も彼の目に焼きついている。そして、ナーニ大司教が「新しい宗教」という言葉を口にしてはならないと彼を諭したこと──。だが、それはむしろ、カトリックが原初のキリスト教の純粋性に立ち戻ることではないのか? そのような思想こそが、異端の告発の核心だったのか? いったい誰が、どこで、告発したのだ? ピエールは周囲に対する疑念を深め、やがて恐怖にまで至った。彼は今や、地下で密かに進められている攻撃、彼を葬ろうとする広範な働きを、ひしひしと感じていた。
彼は決意した──しばらくは静かに身を引いて、この黒いローマの世界を観察し、学ぼうと。そして、その中で芽生える信仰の怒りと共に、彼はあらためて誓った。自分の書いた本を、決して変えまいと。一行たりとも削除せず、改稿せず、世に晒し続けようと。たとえ『禁書目録(インデックス)』に載せられようとも、従うことはしない。もし必要なら、彼は教会を離れ、分裂(シスマ)をも辞さぬ覚悟で、新しい宗教を説きつづけ、第二の書物──「真のローマ」を書くだろう。彼が今まさに、かすかにその姿を見出しつつあるローマを。
そのとき、ドン・ヴィジリオが筆を止め、じっと彼を見つめていた。その視線に気づいたピエールは、礼を述べて別れを告げようと近づいた。恐怖を感じつつも、心のどこかで誰かに打ち明けたいという欲求が勝っていたのかもしれない。ヴィジリオは、ささやくように言った。
「ご存知ですか? あの方は、あなたのためだけにお越しになったのです。猊下との会談の結果を、ぜひ知りたいとお考えだった。」
名は口にせずとも、それが〈モンシニョール・ナーニ〉であることは、互いに了解していた。
「本当ですか?」
「ええ、間違いありません……ですから、もし私の助言をお聞きになるなら、あの方のご希望通り、いま素直に従うのが得策かと存じます。なぜなら、いずれ遅かれ早かれ、あなたは結局、その通りにすることになるでしょうから。」
その言葉に、ピエールは動揺し、怒りを覚えながらも、その場を立ち去った。自分が従うかどうか、見ていろとばかりに、反抗の身振りを残して。
彼が再び通り抜けた三つの控え室は、行きと比べてさらに暗く、空虚で、死んだように見えた。第二の部屋では、パパレッリ神父が黙って小さく一礼した。第一の部屋では、眠そうな召使が、彼の存在にまったく気づきもしないようだった。バルダッキーノの下では、赤い大司教帽の房飾りの間に、蜘蛛がゆっくりと巣を編んでいた。
──この朽ち果て、崩れ落ちる過去に、むしろつるはしを入れ、陽の光を自由に通すようにしたほうがよいのではないか? そして、浄化された大地にこそ、新たな若さの実りが芽吹くのではなかろうか?
ピエールの著書を告発した何者かがいる! 誰なんだ⁉
返信削除なかなかミステリー仕立てになっていて、読ませますね。
ほんとうに、ここに来て物語が一気に“神学サスペンス”の趣を帯びてきましたね!
削除ピエールはただ「真のキリスト教の精神に立ち返るべきだ」と信じて書いただけなのに、その書物が〈禁書目録〉入りの危機にさらされている――となると、当然ながら「誰が、なぜ?」という疑問が渦巻いてきます。
告発者、つまりピエールをインデックスにかけさせようとしている“見えざる手”の正体は、いくつかのヒントから推測できます:
🕵️♂️ 第一の容疑者:ナーニ大司教
直接は告発していないが、「すでに風聞が広まっており、何もしなければいずれ本は禁書にされる」と暗に脅している。
彼の語り口には、「あらかじめ処置しておいた方が得策ですよ」という、いかにも〈内部の事情を知りすぎている人物〉特有の思わせぶりな言い回しが目立ちます。
“あくまで助言者”のポジションを取っているけれど、裏では操作している可能性大。
🧎♂️ 第二の容疑者:パパレッリ神父(枢機卿の秘書)
ナーニの背後に常にいて、動きを探っている。
枢機卿に出入りするすべての情報を把握しており、ドン・ヴィジリオすら怖れる存在。
教会の中でも、特に〈監視者/密告者〉的役割に近いと描写されている。
🎩 第三の可能性:ローマの保守派全体
ボッカネーラ枢機卿ですら「ベルジュロの名を出すな」と言うほど、ローマの雰囲気は緊張している。
「新しい宗教」という言葉自体がタブー視されていることから、体制そのものがピエールの著書にアレルギー反応を示している。
個人の告発ではなく、制度的な弾圧の始まりかもしれない。
そして──
ベルジュロ枢機卿やナルシスといった“味方”と思しき人物さえ、どこまで信用してよいのか怪しいというのが、また憎い構成です。
この段階でピエールは、《自分の本が告発されている》《誰が敵か味方か分からない》《教皇に会うことすら政治ゲーム》という三重苦に陥っています。まるで現代の内部告発者や改革者が、大組織に立ち向かうような展開。
次章からは、さらにカトリック教会の奥深い迷宮に足を踏み入れていくことになるでしょう。