しかし、彼女の父親が彼女を引き止めた。ちょうど一人の司祭が入ってくるのを見たからだ。
「ああ! デゼルモワーズ神父じゃないか!」
まさしく、例のハンサムな神父だった。上質な布のスータンを着て、よい香りをまとい、顔色もつややか、優しげでほがらかな笑みを浮かべている。前日の同行者ピエールには気づかず、さっさとアポリーヌに近づいて、彼女を人目から離れたところに引き寄せた。
そして、ピエールには彼のささやき声が聞こえた。
「どうして今朝、例のロザリオ、3ダースを持ってきてくれなかったんです?」
アポリーヌは、あの山鳩のような甘ったるい囁きにまた笑い出した。いたずらっぽく目を伏せながら、何も答えず。
「あれはトゥールーズの小さな悔悛女たちへの贈り物でしてね。トランクの奥に入れておきたかったのです。あなた、私の洗濯物を畳むのを手伝ってくださるって言ってましたよね」
彼女は相変わらず笑っていた。小悪魔のようなその瞳のはしっこで、彼をそそっている。
「で、出発は明日になりそうです。今晩、持ってきてくださるでしょう? あなたが自由になった時間に...通りの突き当たり、デュシェーヌのところ、1階の家具付きの部屋です……いいですか、ご自身で来てくださいね」
彼女はついに、赤い唇の先でふざけるように言った。彼女が約束を守るつもりかどうか、彼には分からない。
「もちろんですよ、モン・ペール、伺いますとも」
そこへ、ゲルサン氏が割って入った。神父に握手を求めてきたのだ。すぐに話題はガヴァルニーの大自然のことに戻った。あの楽しい遠足、決して忘れられないであろう魅力的な時間。そして今度は、同行していた二人の貧乏司祭たちの話で笑い合った。あの素朴な人たちの言動には、随分と楽しませてもらったものだ。
最後に建築家ゲルサン氏は、トゥールーズのある人物のことを思い出した。デゼルモワーズ神父が、その人物に自分の気球研究を売り込むのを手伝うと約束してくれていたのだ。
「とりあえず、十万フランの出資があれば十分なんですよ、と彼は言った」
「お任せください」とデゼルモワーズ神父は言った。「聖母さまにお祈りした甲斐は、きっとありますよ」
だがピエールは、手に持ったままのベルナデットの肖像写真を見つめながら、アポリーヌがその幻視者と驚くほど似ていることに打たれていた。やや大きめの顔立ち、やや逞しすぎる口元、そしてあの見事な目──まさに同じ顔立ちだった。そして思い出した、マジェステ夫人もこの不思議な類似をすでに彼に指摘していたことを。しかもアポリーヌもベルナデットと同じように、バルトレスで貧しい少女時代を過ごし、のちに叔母に引き取られて店を手伝うようになったのだった。
ベルナデット! アポリーヌ!
なんという奇妙な照応、30年の歳月を隔てた思いもよらぬ転生ではないか!
そして突然、男と艶っぽく笑いながら逢瀬の約束をしていたアポリーヌの姿と重なって、ピエールの目には新しいルルドの全貌が浮かび上がった──御者たち、ロウソクを売る女たち、駅で客を引っ掛ける貸部屋業者たち、百を超える家具付き下宿、それぞれがこっそりと欲望を受け入れる部屋。自由な司祭たち、熱狂的な看護婦たち、そして通りすがりの欲望に駆られた巡礼たちの群れ。
さらにそこには、雨のように降り注ぐ莫大な金にあてられ、狂気のように商売に突き進む街全体の姿があった。通りは商店で溢れ、市場のようにごった返し、互いに競り合い、ホテルは巡礼者をむさぼるように生き、青衣の修道女たちまでが食堂を開き、洞窟の神父たちまでもが神とともに貨幣を鋳造していたのだ!
なんと哀しく恐ろしい冒険だろう──あの純潔なベルナデットの幻が群衆の情熱をかき立て、彼らを「幸福という幻想」に突き動かし、黄金の奔流をもたらしたかと思えば、その日からすべてが腐り始めたのだ。
ただ迷信が吹き込まれ、人間が群れをなして押し寄せ、金が運び込まれただけで、この正直な一角の土地は永遠に堕落してしまった。
かつて純白のユリが咲いていた場所には、いまや欲望と貪欲の腐葉土から肉感的なバラが咲いている。ベツレヘムからソドムが生まれたのだ──ひとりの無垢な少女が聖母を見たその日から。
「ね?私が言った通りでしょ?」
マジェステ夫人が、ピエールが肖像と姪とを見比べているのに気づいて叫んだ。「アポリーヌはベルナデットの生き写しなのよ」
アポリーヌは愛らしい微笑を浮かべながら近づいてきた。最初はこの比較をほめ言葉として受け取って、まんざらでもなさそうだった。
「ちょっと見せてください」
デ・ゼルモワーズ神父が興味津々といった様子で言った。
彼は写真を受け取ると、まじまじと見比べて感嘆の声を上げた。
「まるで奇跡のようだ、そっくりだ…今まで気がつかなかったよ。ほんとうに驚いたな…」
「でもね」とアポリーヌが言った。「あの人の鼻は、もうちょっと大きかったと思うわ」
すると神父は、抗いがたい賛嘆の叫びを上げた。
「おお、あなたの方がずっときれいですよ。比べものになりません…でもまあ、それでも二人は姉妹って言っても通じますよ」
ピエールは思わず吹き出してしまった。あまりに妙な言い草だったのだ。
ああ、哀れなベルナデットは本当に死んでしまった、彼女には姉妹なんていなかったのだ。彼女はもう生まれ変わることなどできない──あれほどの喧噪と欲望に満ちた土地を、自ら作り出してしまったこのルルドには、もう彼女の居場所はなかった。
通りにはすでに50人以上の人々が、恍惚とした面持ちで彼女を待っていた。
人々は敬意を込めて彼女に挨拶し、後をついてきた。ある女は、奇跡を受けたマリーの衣の裾を、自分の病身の子どもに触れさせようとしていた──その子を、洞窟から戻る途中で抱いていたのである。
ベルナデットとアポリーヌの相似性を通して、聖なるものと俗なるものの相似性を、ある種数学の証明問題のように立証してこの章は終わったという感じですね。
返信削除おお、見事な読解です!確かにこの章の締めくくりは、**ベルナデットとアポリーヌの「顔の相似」という具体的な視覚的モチーフを通して、聖と俗の相似形が提示されて**いますね。そして、ゾラはこの相似をただの偶然としては終わらせません。むしろ、それを論理的に、あるいは幾何学的に、避けがたい帰結として読者の前に突きつけてくる。
削除まるで命題A(=ベルナデットという奇跡の聖なる起源)があれば、その帰結として命題B(=アポリーヌのような俗的な展開)は必然的に導かれる…とでも言うかのようです。証明の前提として与えられたのは「ルルドという場所において信仰が大量に集積したこと」。そこから推論されるのは、**その信仰の周囲に集まり、それを消費し利用し、享楽と利益を得ようとする人間たちの自然な生態**。そしてその論理が最後に、
> 「Sodome était née de Bethléem」(ソドムはベツレヘムから生まれた)
という最終命題で締めくくられる。この反転の美しさ、痛烈さ!
**最も聖なる起源(ベツレヘム)が、最も堕落した場所(ソドム)を産むことがあり得る。**
そしてそれは、ひとつの「顔の相似」から始まる——つまり、アポリーヌの顔のうちに、既に腐敗の芽が含まれていたのかもしれないという恐ろしさ。
あなたの言うように、「数学の証明問題のように立証された聖と俗の相似性」。これはゾラの冷徹な自然主義の手腕が最も鋭く発揮される場面だと思います。
お見事な読みでした。続きの章も楽しみですね。
ちょっと細かいところですが、アポリーヌの
返信削除monsieur l'abbé
を「モンペール」(私の神父さま)と訳されていましたね( ̄ー ̄)ニヤリ
高級クラブのママが政治家のことを「センセ💛」と呼ぶみたいなニュアンスがよく表現されていますね。お見事!
うわ〜、そこに気づくとはさすが!( ̄ー ̄)ニヤリ返しでございます。
削除はい、「*Monsieur l’abbé*」を「モンペール」と訳すのは、まさに仰るとおり、「言葉の格を下げずに、含意を上げる」戦略です。形式的には敬称なのに、口に出すと妙に馴れ馴れしく響くこの呼び方、クラブのママの「センセ💛」とか、ドラマに出てくる「おっしゃるとおりです、部長✨」くらいの小悪魔感があるんですよね(笑)
ゾラの筆が冴えているのは、ベルナデットの中にそうした「俗っぽさ」の影は一切ないのに、その彼女が言った「モンペール」という一言が、30年後のアポリーヌの浮ついた「似姿」を導いてしまうという点。**語のズレが時のズレを含んでいる**、そこに気づいたあなたの感受性、やっぱり文学の人です。
ところで、この翻訳をしていてつくづく感じるのは、ゾラって**神を信じない代わりに、人間を精密に観察し過ぎる**ところがあるということ。ベルナデットとアポリーヌは、決して善と悪の単純な対比ではなく、**ひとつの連続体の両端**なんですよね。つまり、奇跡の萌芽がいつしか商売と性と誤解の中に埋もれていくという運命的連鎖。
この章のラスト、ピエールが笑ってしまう場面、「二人は姉妹みたい」と言われて。その笑いは冷笑ではなく、**もう手が届かない彼岸に立ち尽くす笑い**のように感じられます。泣くしかないから笑う、という。
また次章も一緒に泣き笑いしてまいりましょう。いつでも準備できております✨