2025年6月14日土曜日

ルルド 第165回

  ピエールは、マリーとふたりきりになったように感じた。マリーは、横になろうとはしなかった。「もう十分に長いこと、七年も寝ていたのだから」と言った。そしてピエールは、ボルドー以来、子どものように深く眠りこけているゲルサン氏に少しでも楽をさせようと、彼女のそばに座りに来ていた。ランプの明かりがまぶしいと彼女が言うので、ピエールはその灯に覆いをかけた。ふたりは影の中に包まれた。透き通った、限りなくやさしい影の中に。

 そのとき、列車は平野を走っていたに違いない。夜をすべるように進んでいた。終わりのない飛行のように、巨大で規則正しい羽音のような轟音を響かせながら。彼らが少し開けた窓からは、田園の中からやってくる、格別にすがすがしい空気が入ってきた。黒々とした田畑。底知れぬ闇。村の灯さえ見えない、何もない広がり。一瞬、ピエールは彼女の方を振り向いた。彼女は目を閉じていた。けれど眠っているのではないと、彼にはわかった。雷鳴のような列車の轟音の中、全速力で闇を突き抜けていくその静けさのなかで、彼女は深く安らぎを味わっていたのだ。そしてピエールも彼女にならい、まぶたを閉じ、長い夢想に身をゆだねた。

 再びよみがえる過去。ヌイイの小さな家。咲き乱れる生け垣のそば、木漏れ日の下で交わした、あのひとつのキス。なんと遠くまで来てしまったことか。けれどその一瞬の香りが、彼の人生すべてに染みついていた。その後には、あの苦い日があった。彼が神父になった日。彼女が女であることを諦めたのと引き換えに、自分も男であることをやめた。それが彼らふたりの永遠の不幸のはじまりだった。皮肉にも、自然は彼女を再び、妻へと、そして母へと作り変えてしまおうとしていたのだ。

 せめて信仰を保っていたなら、永遠の慰めがそこにあったはずだった。だが彼は、信仰を取り戻すためにすべてを尽くしてきた——ルルドへの巡礼、洞窟の前での祈り、マリーが奇跡的に癒やされれば、自分も信じることができるかもしれないという、一瞬の希望……
 だが、あの治癒が、科学的に説明のつくかたちで訪れたとき——すべては、無残に、取り返しのつかないかたちで崩れ落ちた。

 そしてまた、あの純粋で痛ましい愛の物語——涙に濡れた彼らの長い優しさの歴史が、次々に脳裏に浮かんできた。
 マリーもまた、彼の悲しみを悟っていた。彼の回心の奇跡を天に願うためにルルドに来たのだ。あのローソクの行列のとき——バラの香りの漂う闇の中で、木々の下にふたりきりでいたとき、ふたりは互いのために祈りを捧げ合った。互いに溶け合うように、互いの幸福を熱く願って。洞窟の前でも、マリーは聖母に願った——「私のことなど構わないから、彼を救ってください」と。もし神の子から一つしか恩寵が得られないのであれば、自分ではなく彼に、と。

 そしてマリーが癒されたとき、彼女は我を忘れていた。愛と感謝に打ち震え、車椅子のまま坂道をバジリカ聖堂へと押し流されながら、彼女は自分の願いが叶ったと信じて叫んでいた。
「一緒に救われたのね! 私たち、ふたり一緒に!」

――ああ、その嘘、その慈しみの嘘。そのときから彼女を欺き続けている、この幻想の重みが、彼の心をどれほど圧し潰していることか! それは、彼が自らの墓穴にかぶせた重たい石。生きながらにして封じ込められた、墓の石だった。

 彼は思い出していた。あの地底聖堂で、死にかけたような発作に襲われた夜を。泣き叫び、最初は激しく逆らい、自分だけのものにしたいという激しい欲望が噴き出して……
彼女は自分のものだという確信。男としての情熱の奔流。だがやがてそのすべては、涙の奔流の中に沈んでいった。そして彼は、マリーの聖なる幻想を壊さないため、兄妹のような憐れみから、その偽りを貫くという英雄的な誓いを立てたのだった。

……そして今、彼はその誓いの中で、静かに、確かに、息絶えつつあった。

 ピエールは夢想の中で身震いした。この誓いを、果たしてずっと守り通す力が自分にあるのだろうか?駅で彼女を待っていたとき、自分の心に芽生えていたものは何だったのか。過剰に愛されすぎたこのルルドを後にして、どこか遠くへ行けば、彼女が再び自分のもとに戻ってくるかもしれない――そんな漠然とした希望と、嫉妬まじりの焦りだったのではなかったか?
 もし自分が司祭でなければ、彼女と結婚していただろう。なんという歓喜、なんという愛すべき幸福な人生だろう、彼女にすべてを捧げ、彼女のすべてを手にし、やがて生まれてくる愛しい子に自分たちの命を託して生きる…。ほんとうの意味で「神聖」なのは、そうした生の充足、創造に満ちた人生そのものなのではないか。彼の夢はどんどん膨らんでいった――彼は結婚し、歓喜に満たされた。なぜこの夢が叶わぬのか? 彼女はまるで十歳の少女のように何も知らない、だからこそ自分が導けばいい。彼女の魂を、自分の手で作り直せばいい。彼女が聖母マリアに与えられたと思っているその治癒も、本当は唯一無二の母、すなわち、冷静で揺るがぬ「自然」から来たものなのだと、やがて彼女も理解するはずだ。

 だが、そうやってすべてを理路整然と構築していくほどに、彼の胸の奥底ではある種の「神聖な恐怖」がふつふつと湧き上がってきた。それは彼の宗教教育の根底から、彼の内部を這い上がってくるものだった。――神よ! 彼女に与えたいと思っているこの人間的な幸福が、はたして彼女のいまの聖なる無垢、子どものような素朴さに、勝るものなのだろうか? もし彼女が幸福になれなかったら、いつか自分を責めるのではないか? そして、もし自分が聖職を捨て、奇跡の癒やしを得たばかりの彼女と結婚することになれば、それは彼女の信仰を打ち砕くような、取り返しのつかない冒涜にならないだろうか?

けれど、そう、まさにそこにこそ「勇気」があるのではないか? そこにこそ「理性」が、「人生」が、「真の男」と「真の女」があるのではないか? ――この大いなる結びつきにこそ。なのに、なぜだ、神よ! なぜ自分にはそれができないのか? 夢はたちまち痛ましい悲しみに曇り、彼にはもはや、自らの哀れな心の痛みしか感じられなくなった。

 列車は依然として、あの巨大な羽ばたきのような音を響かせながら走り続けていた。車内のほとんどの人は眠りに落ちていたが、まだ目を覚ましているのはヒヤシンス修道女だけだった。
 そのとき、マリーがそっとピエールの方に身を寄せ、静かに言った。

「不思議ね、ピエール……眠くてたまらないのに、どうしても眠れないの」

 そして、かすかに笑って続けた。

「頭の中が、パリでいっぱいなの」

「パリ?」とピエールが聞き返す。

「そうなの、パリが待ってるって思うと……もうすぐ戻るのね……ああ、何も知らないこのパリで、私、生きていかなきゃいけないのよ!」

 それを聞いたピエールの胸は、締めつけられるような痛みで満たされた。やはりそうだ、彼は予感していた。彼女はもう自分のものではない。彼女は他人のものになる。ルルドが彼女を彼に返したとしても、パリが彼女を奪っていく。

 彼は想像した。まだ世間を知らぬこの純真な魂が、やがて「女」としての教育を自然と受けていくさまを。病気によって人生から引き離され、小説すら読んだことのなかった無垢な心――だが今、その心は自由を得て飛び立とうとしている。彼は目に浮かべた。元気になった笑顔の娘が、街を駆け回り、世界を見つめ、学び、そしていつか、彼女を完全に「目覚めさせる」夫と出会うのだと。

「じゃあ……パリで楽しいことでも考えてるの?」と彼は尋ねた。

「私? まあ、なんてこと言うの……そんなお金ないじゃないの!」

 彼女は少し笑って続けた。

「実はね、ブランシュ姉さんのことを考えてたの。私、パリで何ができるかな、少しでも彼女の負担を減らせるようにって。あの人、本当に優しくて、一生懸命働いてくれてるから……私、もう彼女一人に稼がせたくないの」

2 件のコメント:

  1. 聖職者であるが故に一筋縄ではいかないピエールのマリーに対する愛情。
    カトリックの聖職者は結婚は絶対ダメなんでしたっけ?
    日本のお坊さんはそこのところうまいこと理由付けして妻帯OKになっていたような。

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    1. おお、さすが、鋭いご指摘です!まさにこの場面、ピエールの心の葛藤は「愛」vs「信仰」、そして「個人」vs「制度」のぶつかり合い。ゾラらしい、容赦のない現実直視が光っていますね。

      ### ❖ カトリックの聖職者の結婚禁止について

      カトリック教会では、**ラテン典礼の司祭(いわゆるローマ・カトリックの神父)に対しては独身(独身貞潔)の誓い**が課されており、**結婚は原則として禁止**されています。これは12世紀ごろから本格的に制度化され、以降も基本的に変わっていません。理由としては以下のようなものがあります:

      1. **キリストに倣う生き方**としての独身
      2. 教会や共同体への**全人的献身**
      3. **世俗的責任や遺産相続**などからの解放(教会財産の保全)

      ピエールがここで悶々と悩んでいるのは、単に「結婚したい」ではなく、「**聖職を捨てる覚悟があるか**」「それが彼女にとって本当に幸せなのか」「それは神に対する裏切りではないのか」と、まるで自分の魂を裁くかのような苦悩です。これは当時の信仰的背景を理解していないと、単なる三角関係や片想いとは全然違う重みを持って読み取れません。

      ---

      ### ❖ 日本のお坊さんの場合

      まさに、いいところに目をつけられました。

      仏教、特に**日本の仏教(特に浄土宗・浄土真宗・日蓮宗など)では、僧侶の妻帯は容認されている**宗派が多いです。これは明治政府が「神仏分離」とともに仏教に対して「世俗化」を強要した中で、**1872年に政府が僧侶の肉食妻帯を公式に許可した**ことが大きな転換点です。

      ただし、もともと日本では中世以降すでに「半僧半俗」の形で寺の住職が世襲制になっていたこともあり、**制度的にも文化的にも軟着陸がしやすかった**という側面があります。

      ---

      ### ❖ ピエールの場合の「もし日本だったら…」

      もしピエールが日本の僧侶だったら、彼はこう考えたかもしれません:

      > 「悟りを求めるには世間を知らねば。マリーとの出会いは縁、生かさねばならぬ」

      ……なんて、少し無理のあるスピンですが(笑)、制度が違えば救済のあり方も違うというのは、宗教が文化の中でどう機能しているかを象徴する好例ですね。

      ---

      ピエールの悩みは、彼が本気でマリーを愛してしまったことの証であり、しかもその愛があまりにも「人間的」なものであるがゆえに、彼は「神のしもべ」としての自分が引き裂かれているのです。このあたり、ゾラは本当に容赦がないですね。

      さらに翻訳を進めながら、この葛藤がどう展開するのか、一緒にじっくり見ていきましょう。

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ルルド 第168回

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