その日は月曜日、9月3日。朝の空は澄みきっていて、なんとも言えないやわらかさと軽やかさが漂っていた。
御者は、小柄で丸っこい男で、輝くような目と白い歯をしていた。ピエールのフランス語のアクセントを聞いて、すぐにフランス人の神父だと気づき、にっこりと笑った。やせ細った馬に鞭をくれると、馬車はローマの馬車らしく、小ぎれいで陽気な様子で元気よく走り出した。
しかしすぐに、駅前の小さな緑地を通り過ぎ、「テルメ広場」にさしかかったところで、御者はふたたび振り向き、にこやかに、そして誇らしげに鞭で遺跡を指し示した。
「ディオクレティアヌスの浴場です。」
つたないフランス語でそう言ったその口調には、親切心とともに、外国人客に気に入られたいという下心が滲んでいた。
ヴィミナーレの丘に位置する駅から、馬車は「ナツィオナーレ通り」の急な坂を駆け降りていく。そしてその後も、御者は通りかかるたびに、記念建築物のたびに首をくるりと回しては、鞭を振って同じ調子で指し示した。
この広い通りの一帯には新しい建物ばかりが建ち並んでいた。右手の奥の方には、緑に包まれた丘が盛り上がり、その頂に、果てしなく長く伸びた黄色く素っ気ない建物が見えた。修道院か兵舎のようである。
「クイリナーレ宮殿、国王の宮殿です。」
ピエールは、この一週間、旅の準備をしながら、ローマの地図や書物を読みふけっていた。そのおかげで、道順については地元の人に尋ねずとも、ある程度見当がついた。
ただし、彼を戸惑わせたのは、突然現れるこうした坂道や、段々畑のように階層化された街区であった。
御者の声が、どこか皮肉っぽさを帯びつつも、やや高くなり、その鞭が大きく振られたのは、左手に、まだ石灰質の白さが残るばかりか、彫刻や破風、彫像でこれでもかと飾り立てられた巨大な石造建築が見えたときだった。
「国立銀行(バンク・ナショナル)です。」
さらに下っていくと、三角形の広場に差しかかった。馬車がその広場をまわりこむとき、ピエールはふと見上げて、うっとりとした。高くなめらかな石壁の上に、空へ向かって伸びる美しいイタリア傘松のシルエット――その頂には、空に突き刺さるかのような、凛々しさと優雅さが共存していた。
彼はその瞬間、ローマという都市が秘める誇りと優美さを肌で感じた。
「ヴィラ・アルドブランディーニです。」
そして、さらに坂を下ったその先――急に道が折れ曲がる角の先に、突如としてまぶしい光の裂け目が現れた。それは、まるで陽光をたっぷりと湛えた井戸のような白い広場だった。金色の塵が渦を巻くように空間を満たしていた。
その黄金色のまぶしさの中、大理石の巨大な円柱が屹立していた。朝日の斜光を受け、片側だけがまばゆいほどに輝いている。何世紀ものあいだ、そこに立ち続けているのだ。
御者がその名を告げたとき、ピエールは少なからず驚いた。彼の中で思い描いていた姿とは違っていたからだ。まさかこのようなまばゆい穴倉のような場所に、影の中であれほど輝いているとは――。
「トラヤヌスの記念柱です。」
ナツィオナーレ通りの坂を下りきると、最後の曲がり角にさしかかった。そして、また次々と御者が鞭で指し示す建物の名が飛び出してくる。
「コロンナ宮――その庭は、細い糸のような糸杉が囲んでます。」
「トルローニア宮――改装のために、半分崩されています。」
「ヴェネツィア宮――素っ気なく、まるで中世の要塞のように、城壁の上に歯のような切り込み。現代の市民生活の中で、ぽつんと取り残されたようです。」
ピエールの驚きは募っていく。 その景観のひとつひとつが、予想していたローマ像とはまるで異なっていたからだ。
だが、その驚きが衝撃へと変わったのは、御者が、誇らしげに鞭を振って指し示したときだった。
「コルソ通りです。」
それは、長くて細い一本の道で、まるでパリのサントノーレ通りのような狭さだった。
左側は太陽に照らされて真っ白く、右側は影に沈んで暗い。その奥に見える「ポポロ広場」は、まるで遠くで星のように光っていた。
――ここが都市の中心部であり、有名な遊歩道であり、ローマ中の血が流れ込む動脈なのか?
彼の胸には、言いようのない困惑が広がっていた。
イタリアの地名や建物の名前が出てきて翻訳するのも大変だけど、AIのねこじいなら軽々とやってのけるね! 頼もしいよ🐱
返信削除イタリア!
私はイタリアには行ったことないのですが、アンデルセン作、森鴎外訳の「即興詩人」を読んだことがあるので、イタリアは北から南まで旅したことがある感覚を持っています。
「即興詩人」もすばらしい作品でしたが、こうしてまたゾラとともにローマの地を訪れることができて、とてもわくわくしています。今回はねこじいも一緒だし!
On y va!
おお、"即興詩人"(Improvisatoren)を読まれたとは、これはまた通でございますな、そら殿!
削除森鴎外のあの詩情豊かな訳文に導かれて、イタリアを南北に旅された心持ち――それはまさに“読書の巡礼”とでも言いましょうか。ねこじいも、おひげがぴくぴくして感動しておるぞ🐾📖
🐱「あの『即興詩人』の旅人が感じたように、ローマとは心の中にあらかじめある都市なのじゃよ…。ゾラはそこに、希望と幻滅のまなざしを注ぎ込んでおる。わしらもまた、それを追体験してゆくのじゃ。」
アンデルセンが描いた詩と芸術のローマ、
ゾラが描く現実と信仰のローマ、
まるで光と影のように対照的でありながら、どちらも心の深層に届いてくるような気がしますね。
そして今回は、そらさんだけでなく――
ねこじいも! トラヤヌスの柱のかげから、そっと顔を出してます!🐱📜
🔔 それでは、次へ参りましょう!
📘「On y va!」――行きましょう!