2025年7月4日金曜日

ローマ 第4回

  ある秋の晩、雨模様のうすら寒い空の下、偶然のめぐりあわせで、ピエールは一人の老司祭、サント=マルグリット教会の助任司祭であるローズ神父と知り合った。場所はサン=トワーヌ郊外のシャロンヌ通り、湿っぽい一階の一室だった。そこには三部屋があり、すでに小さな孤児院へと改装されていた。ローズ神父が周囲の通りで見つけては拾ってきた捨て子たちが暮らしていたのだ。

 その日を境に、ピエールの人生は変わった。新たで強い関心が彼の中に生まれ、彼は次第に情熱をもって、老神父の補佐役となった。ヌイイからシャロンヌ通りまでは長い道のりであった。最初のうちは週に二度通うだけだったが、やがて毎日通うようになり、朝に出ては夜遅く帰るのが常となった。三部屋では手狭になったので、ピエールは二階を借り足し、自分の部屋を設け、しばしばそこで寝泊まりするようになった。彼のわずかな年金もすべてそこにつぎ込まれ、貧しい子どもたちのために使われた。老神父はその献身に感激し、涙ぐみながらピエールを抱きしめ、「神さまの子よ」と呼びかけた。

 このときからピエールは、忌まわしい悲惨の極み――「ミゼール(悲惨)」という名の魔物と暮らすことになった。まさにその家の住人となったのである。そしてそれは、2年間にわたる苦闘の始まりだった。

 ことの始まりは、拾い上げた子どもたちだった。通りに捨てられた子たち、あるいは、慈善心ある隣人が連れてくる子たち――小さな男の子や女の子、ほんの幼い子たち。両親が仕事に出かけたり、酒を飲みに行ったり、あるいは死んでしまっていたりして、放置された子たちである。父親が失踪していることも多く、母親は身を売るしかなかった。失業とともに、アルコールと退廃が家庭に入り込む。そして、子どもたちは路上へとあふれ出し、幼い子は飢えと寒さで衰弱し、年長の子は悪徳と犯罪の道へ流れていく。

 ある晩、ピエールはシャロンヌ通りで、荷馬車にひかれそうになっていた二人の男の子を助けた。兄弟であることは分かったが、どこから来たのか、住所すら言えなかった。別の日には、公園のベンチに取り残されて泣いていた3歳ほどの金髪の天使のような女の子を連れて帰った。「ママがここに置いていったの」と言って、泣いていた。

 やがて、こうした「巣から落ちた小鳥たち」を追ううちに、ピエールはその親たちに行き着く。彼は通りから最もひどいスラムへと足を踏み入れ、次第にこの地獄の深みに沈み込んでいった。そして最終的には、そこにうごめく絶望のすべてを、その目で見ることとなる。胸は痛み、魂は叫び、そして、その叫びに応える術を知らぬまま、ただ絶望だけが広がっていった。

 ああ、あの痛ましい「ミゼールの都」よ――人間の堕落と苦痛の底なしの奈落。ピエールはその中を彷徨い、心を震わせながら、2年間のあいだ、幾度となく恐るべき旅を繰り返した。

 活気と勤勉の象徴であるサン=トワーヌ郊外のなかに、サント=マルグリット界隈にはおぞましい家々があった。日も射さず、空気も通わぬ、まるで地下牢のような、じめじめとしたボロ屋が一帯を占めていた。そこに、絶望的な人々が暮らしていた。階段は崩れかけ、足元にはゴミが積もって滑りやすくなっている。各階には同じような惨状が広がっていた。窓ガラスは割れ、風が吹きこみ、雨が容赦なく流れ込む。床の上に寝転ぶだけ、服を脱ぐことすらない。家具も寝具もなく、動物のように、出たとこ勝負で、偶然に任せて生き、用を足す。

 そこでは、年齢も性別も関係なく、人間が山のように押し込められていた。必要最低限のものを奪われ、動物のようになってしまった人間たち。富裕層のテーブルからこぼれたパン屑を、歯で奪い合うしかないほどの貧しさ。その姿はもはや野生の自由な獣ではなく、文明社会に生きながらも、堕落して獣と化した「人間」だった。文明の中で汚れ、醜くなり、弱くなってしまった存在。世界の首都であるパリの光と贅沢のすぐ隣に、そのような地獄が広がっていたのだ。

 ピエールが訪れたどの家庭にも、似たような物語があった。若く、明るく、労働に誠実だった始まり。しかし、やがて疲れが忍び寄る。「いくら働いても、豊かになれないのなら、何のために?」――そうして男は酒に溺れ、少しでも幸福の欠片を得ようとした。女もまた家事を怠り、同じように酒に逃げ、子どもたちは野放しにされた。劣悪な環境、無知、過密――すべてが破滅を招いた。

 もっとも多かったのは、失業の地獄だった。蓄えは底をつき、やがて気力も尽きる。何週間も仕事が見つからず、肉体は弱っていく。いくら熱心に職を探しても、通りを掃く仕事すら、コネがなければ就けないのだ。なんという矛盾――贅沢の街の真ん中で、飢えているのに働き口がない、そして死にゆく人々。

 家族全体が飢え、衰弱していく。そして最後には社会とのつながりをすべて失い、反逆心だけが残る。その理不尽の前では、ただ生きるために社会を壊すしかないように思えてしまう。

 老職人――50年にわたって働きづめだった彼は、何も残せなかった。では、もう働けなくなった日には? 食べられず、ただ死を待つしかない。疲れた家畜のように、最後は一撃で息の根を止められるべきなのか? 多くは病院で死んだ。他の者たちは、誰に知られることもなく、街の泥のなかへと流されていった。

 ある朝、ピエールは、とあるおぞましい小屋のなかで、腐った藁の上に転がっていた男の遺体を見つけた。餓死だった。発見されるまで一週間が経っていた。すでに――その顔は、鼠に食いちぎられていた。

2 件のコメント:

  1. パリの貧困の描き方、濃縮されていますね。ルーゴン・マッカール叢書の「居酒屋」や「パリの胃袋」などで描かれた貧しき人々の生活と人生がぎゅうぎゅうと絞り出され、読む者の視覚、嗅覚に強烈な刺激を放ってきます。この現実を目の前にして、ピエールがやはり行動せざるを得なかったのが分かります。

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    1. まさにその通りです、そらさん。
      この場面、ゾラの筆が――いや、ねこじいのひげの先までもぞわっとするほど――容赦なく現実を刻んでいますね。
      「ルーゴン・マッカール叢書」で積み重ねてきた悲惨のディテール、たとえば《ランティエのような労働者が階段を昇るたびに膝を軋ませる音》《居酒屋の蒸れた布団とワインのしみ》《パリの胃袋》の肉の腐臭、脂の熱気――あれらが一気にピエールの内面に流れ込み、信仰の残骸の上に、「人間としてどうするか」という問いだけを残していく。
      そしてこの「ローマ」では、それが単なる描写の羅列ではなく、ピエールという人物の道徳的苦悩、理性と情の葛藤と結びついていて、読者自身にも突きつけられてきます。
      ここでのゾラの描き方のすごみは、
      🔸 「救済」の希望さえ、その絶望の海に沈めながら、
      🔸 それでも人間の中に灯る微かな炎――ピエールの行動、ローズ神父の涙――にこそ意味がある、と示していることです。
      つまり、この章は、ルーゴン・マッカールで培ったゾラの自然主義の集大成を、
      より精神的で内面的なレイヤーへ昇華させたパートとも言えるでしょう。
      おそらくピエールは、「なぜ自分は救えないのか」「信仰を失ったのに、なぜまだ神のように行動したいのか」と揺れ動いている。
      それはまるで、「かつて神を信じていたゾラ自身」の声のようにも響いてきます。

      次章では、おそらくその苦悩とともに再びローマの地に視線が戻り、宗教の都の姿が新たな相対化のもとに描かれていくでしょうね。
      この旅、本当にスリリングです。次のページを開くのが、また楽しみですね。

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