2025年10月26日日曜日

ローマ 第118回

  しかしピエールは、ひそかな苛立ちに呑まれながらも、なお歩みを続けていた。その苛立ちは彼をいっそう執念深くし、自らに課した「禁書目録省の枢機卿たち一人ひとりを訪問する」という誓いを守るため、傷つけられてもなお、人々のもとを訪ね歩かせたのである。そして彼は次第に、他の異なる省にも足を踏み入れていくことになった。そこは旧教皇政府のいわば各省庁であり、現在では数こそ減ったとはいえ、いまだ複雑きわまりない仕組みが温存され、それぞれに長官たる枢機卿がいて、枢機卿たちによる会議が開かれ、顧問の高位聖職者たちがいて、さらに多くの職員が働く世界だった。

 ピエールは禁書目録省の置かれた官房に、何度も足を運ばねばならなくなり、果てしなく続く階段や回廊、広間の中で迷子のようにさまよった。中庭の柱廊に足を踏み入れた瞬間から、古い石壁の冷たい震えが彼を包み込み、彼はついぞこの宮殿を好きになることができなかった。ここはブラマンテの最高傑作、ローマ・ルネサンス建築の純粋なる典型であり、あまりにも冷たく、あまりにも裸のような美しさを持つ建物だった。

 すでに彼は布教省を訪ねており、そこでザルノ枢機卿に会っていたが、影響力を求めて右へ左へと紹介され歩いたその偶然の連鎖の中で、他の省――司教・修道会省、儀式省、公会議省――も知ることになった。さらには枢機卿会議省や教皇庁記録署、そして聖省裁判所の姿さえ、その入口だけではあるにせよ垣間見たのである。

 それはカトリック教会という巨大機構だった。世界全体を統治し、布教を広げ、支配地域の政務を処理し、信仰・道徳・個人に関わる問題を裁き、罪を調べ罰し、特免を与え、恩恵を与え、それらすべてを扱う仕組みであった。そして驚くべきことに、毎朝ヴァチカンへ持ち込まれる案件の数は想像を絶するほど膨大だった。もっとも深刻で、もっとも微妙で、もっとも複雑な問題の数々――その解決には無数の調査や研究が必要とされた。

 ローマには全キリスト教世界のあらゆる場所から請願者が押し寄せていた。その人々に返答し、手紙に応じ、嘆願書や分厚い書類の束を処理しなければならない。そしてそれらは省庁の机の上に積み上げられ、仕分けられ、また積み上げられていった。

 だが驚くべきは、これほどの巨大な作業が、いかにも慎み深い沈黙のうちに行われていることだった。外には物音ひとつ漏れない。裁判所も、公会議も、そして聖人や貴族の“製造所”でさえ、労働の震えすら外へ響かせない。百年以上の錆と摩耗を抱えながらも、なお油の切れない機械のように、その機構は壁の向こうで、気づかれぬまま動き続けている。――沈黙すること、筆をなるべく執らぬこと、ひたすら待つこと。そこには教会の政治のすべてがあった。

 なんという驚異的な機械であろうか。時代遅れでありながら、なお強大。ピエールはその中央で、自分が鉄の網に捕らわれたかのように感じた。それは人類支配のために作られた、史上もっとも絶対的な権力装置だった。崩れゆく亀裂や欠陥を彼はいくつも目撃したが、それでもなお、ひとたび足を踏み入れた以上、彼もまたこの機構の一部となり、絡め取られ、押しつぶされ、逃れられない影響力と策謀の迷宮の中へと運ばれていくのだった。そこには虚栄と買収、腐敗と野望、悲惨と偉大さのすべてが絡まり合っていた。そしてピエールは思う――自分の夢見たローマは、なんと遥かに遠ざかったことか。疲弊の中で、怒りが胸にこみ上げ、自らを守ろうとする意志がむなしく身を震わせるのだった。

 突如、これまで理解できなかった多くのことが説明のつくものとして見えてきた。ある日、再び布教聖省を訪れたとき、サルノ枢機卿がフリーメイソンについて、氷のように冷たい激怒をもって語った。するとピエールの目の前が、たちまち明るく開けたのである。

 それまで彼は、フリーメイソンという存在を聞いても笑うばかりで、イエズス会と同じく信じてはいなかった。世に流布する滑稽な噂は子供じみた作り話だと思い、世界を支配する秘密の力など伝説にすぎないと考えていた。何より彼が不思議に思っていたのは、「フリーメイソン」という言葉を耳にしただけで理性を失うように憎悪を燃やす人々の盲信だった。ある極めて知的で優れた聖職者が、きわめて真剣な顔で、「あらゆる結社のロッジは、年に一度は必ず悪魔そのものが現れて議長を務める」と断言したことさえあった。常識を疑いたくなる話だった。

 だが今やピエールは理解した。すなわち、ローマ・カトリック教会ともうひとつの教会――対面する「向こう側の教会」との間には、激しい敵対と争奪戦があるのだ。カトリック教会はいくら自らの勝利を誇っても、もう一方の教会のなかに、己と同じ普遍的支配を目指す競争相手、いや、もっと古い宿敵を感じ取っていた。そしてその宿敵の勝利も、なお可能性として残っていたのである。

 とりわけ、この二つの教派の衝突は、同じ野望――すなわち世界的覇権の追求――から生じていた。ともに国際的組織を持ち、民衆を包み込む網を張り、神秘と教義と儀式を備えていた。神対神、信仰対信仰、征服対征服。ゆえに、通りを挟んで建つ二つの商家のように、互いに邪魔をし合い、ついにはどちらかが他方を滅ぼすほかなかった。

 しかし、ピエールにはカトリックがすでに老朽化し、崩壊の危機に瀕しているように見えたのと同じように、フリーメイソンの力についても懐疑的であった。彼は実際に調査し、ローマという、両大権が相対する都市――教皇の向かいに総師が座す街――で、その実力の実際を確かめようとした。

 聞くところによれば、近年のローマ貴族たちは、生活を過度に困難にしないために、また息子たちの将来を閉ざさぬために、フリーメイソンに加入せざるを得ないと考えているという。だが、それは単に、時代の社会的進化という抗いがたい力に屈しているだけではないのか。フリーメイソンもまた、自らが掲げてきた理念――正義、理性、真理――が歴史の暴力と闇を貫いて勝利を収めることで、いずれ自らの存在意義を失うのではないか。

 理念の勝利は、それを担った教団を滅ぼす。信徒たちが人々の想像力を打つために築いた装置は、目的が果たされれば無用で、滑稽にすらなる。カーボナリ党が政治的自由の獲得後に生き残れなかったように、いずれカトリック教会も、その文明化の使命を果たし終えたときには崩壊するだろう。そしてそのとき、向かい側の教会――すなわちフリーメイソンの教会――もまた消え去るのだ。解放の使命が終わるからである。

 今日では、かつての「結社の全能」はもはや貧弱な征服の道具にすぎず、伝統に縛られ、形式ばった儀礼は嘲笑の的となり、互助と親睦のための絆にまで縮小している。今や人々を導き、老いた宗教の破壊を促しているのは、もはや科学という偉大な息吹なのだ。

2 件のコメント:

  1. la Franc-Maçonnerie=フリーメイソンなんですね。
    フランス語だとかなり違った感じですが、フリーメイソンについて、まずはざっくり教えてください。
    私も何やら怪しげな世界を陰で操る集団みたいなイメージを持ってしまっています。

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    1. 了解です。では、ざっくりと「フリーメイソン(La Franc-Maçonnerie)」について、陰謀論抜きで、歴史と実像をできるだけフラットにまとめてみます。

      ✅ フリーメイソンとは?(ざっくり一言で)

      中世の職人ギルドを起源とし、啓蒙思想期に発展した「友愛団体」。
      会員同士の助け合い・倫理向上・理性と人間の尊厳を重んじる社交組織。

      ✅ 起源と歴史(要点だけ)
      時代:ざっくりした流れ
      中世:大聖堂建設「石工職人ギルド」がルーツ(secret=技術の秘伝、sign=職人の身分証としての秘密サイン)
      18世紀:宗教戦争にうんざりした知識人たちが発展させ、「宗教や政治を超えた友愛」を理念に転換
      啓蒙時代:ヴォルテール、モーツァルト、ラファイエットらも参加
      現代:欧米を中心に慈善活動や教育支援などが主な活動
      ✅ 理念・モットー

      Liberté, Égalité, Fraternité(自由・平等・友愛)
      → 後にフランス革命のスローガンにも重なる世界観。

      ポイントは3つ:

      宗教対立や絶対王政に縛られない理性の尊重

      人間の向上と道徳性

      国家や宗教を超えた「兄弟愛」

      ✅ 陰謀論がつきまとう理由(冷静に分析)
      原因:内容
      会員制+秘密の儀式:「秘密組織=なんか怪しい」という人間の想像が膨らみやすい
      歴史上の有名人が多い:「モーツァルト」「ワシントン」「ラファイエット」など偉人多数
      政治の転換期に近くにいた:啓蒙思想・革命・近代国家成立と絡む

      → 結果、功績を讃える人もいれば「裏で世界を操ってる」と妄想する人も出てくる
      人間の心理が生んだ「ミステリー・ブランド化」ですね。

      ✅ 実際どんな団体?(現代)

      会員制(紹介制が多い、ただしほぼ誰でも入れる)

      キリスト教や特定宗教ではない(ただし宗教否定でもない)

      ロッジと呼ばれる集会所で議論・儀式・勉強会・慈善活動

      活動の中心は「互助・慈善・人格向上」

      つまり本質はロータリークラブ+哲学的儀式+歴史ロマンみたいな存在。

      ✅ あなたの持っていたイメージとの関係

      「陰で世界を操る怪しい組織」

      このイメージは**完全に陰謀論文化(特に英語圏と日本の都市伝説文化)**が作り出したもので、
      実態とはほぼ一致しません。ただし「秘密主義」ゆえに誤解されやすい土壌はあるので、ゼロから生まれた誤解でもない、という感じです。

      📌 まとめ(超シンプル版)

      正体:啓蒙思想を背景にした友愛団体

      現代の活動:慈善・社交・互助・倫理教育

      ミステリアスな要素:ある(だから陰謀論の餌にされがち)

      実際に世界を操ってる:証拠なし、むしろ無理

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ローマ 第130回

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