夜の間、ピエールはたしかにヴィニュロン氏の声を聞いた気がした。暑さに参っていたのだろう。それから、口を開いたままの女中は、廊下の他の宿泊客についても説明し始めた。左側には、神父が一人、母親と三人の娘たち、一組の老夫婦。右側には、また別の男性一人、若い女性一人、そして五人の幼い子どもを連れた家族。ホテルは屋根裏部屋に至るまで満室だった。女中たちは部屋を客に譲ったため、皆、洗濯室で雑魚寝していた。昨夜は各階の踊り場にも帆布の簡易ベッドが置かれ、ある敬虔な聖職者に至っては、ビリヤード台の上で寝る羽目になったほどだった。
ようやく女中が退室し、二人が朝のチョコレートを飲み終えると、ゲルサン氏は再び自室へ向かった。彼は身だしなみに細心の注意を払う人で、もう一度手を洗いに行ったのだった。一人になったピエールは、外の明るい日差しに引き寄せられ、狭いバルコニーに出てみた。ホテルのこの側の三階の客室はすべて、透かし彫りの木製手すりを備えたバルコニーが付いていた。しかし、彼は思いがけない光景に驚愕した。
隣のバルコニー、つまり「一人で宿泊している男性」の部屋に通じるバルコニーに、女性がそっと顔を出したのだ。そして、ピエールは彼女を見てすぐに気づいた。マダム・ヴォルマールだった。間違いない。細長い顔立ち、繊細で引き締まった表情、広く美しい瞳――その瞳は、時折、何かの影が横切るように、あるいは波打つ光沢が覆い隠すように、燃えるような輝きを失ったりした。
彼女は、ピエールに気づくと恐怖に身をすくませた。ピエール自身も、彼女を動揺させてしまったことに気まずさを感じ、慌てて退いた。そして、すべてを一瞬で悟った。男は唯一借りることのできたこの部屋に愛人を匿い、誰の目にも触れさせないようにしていたのだ。掃除の時間には、彼女を広いクローゼットに隠し、食事は彼が運んできたものを共にし、一つのグラスで飲み交わしていたのだろう。昨夜の物音も、そういうことだったのだ。彼女は、3日間、完全に閉じ込められ、情熱の虜となるのだろう。この朝、掃除が終わり、ついに我慢しきれず、クローゼットを内側からそっと開けて、通りを見ようとしたのだ。彼が戻ってくるかどうか確かめるために。
だから、彼女は聖母病院に現れなかったのだ! 小柄なマダム・デザニョーがしきりに彼女を探していたのも当然だった。
ピエールは動けなくなり、心がざわめいた。彼はこの女性の人生を知っている。パリでの結婚生活の苦悩――冷酷な姑と、ろくでもない夫のもとでの生活――そして、年にたった3日だけの完全な自由。それがこの、ルルド巡礼の名を借りた、激しく燃え上がる愛の逃避行だったのだ。
言葉にできない感情が、胸の奥底から込み上げてきた。彼の選んだ禁欲的な生き方の奥底から湧き上がる、説明しがたい涙が、彼の目を潤ませた。無限の悲しみの感覚が彼を包み込んだ。
「さあ、そろそろ行くかね?」
明るい声が響いた。ゲルサン氏が再び姿を現したのだった。手袋をはめ、灰色の布地の上着に身を包み、準備万端といった様子だった。
「ああ、行きましょう」 とピエールは答えた。
彼はそっと目を拭いながら帽子を探し、身支度を整えた。そして二人がホテルを出ようとしたとき、左手から聞き覚えのある、太くねばりつくような声が聞こえた。ヴィニュロン氏が大声で朝の祈りを唱えているのだった。
しかし、彼らの興味を引いたのは別の出来事だった。廊下を進むと、向こうから一人の男性がやってきた。40代くらい、ずんぐりした体格で、きちんと手入れされたもみあげが顔を縁取っている。彼は背を丸め、素早く通り過ぎたので、二人には顔の特徴をはっきり見ることができなかった。彼の手には、小さな包みがあった。丁寧に紐で縛られている。
彼は廊下の一室の前で鍵を回し、扉を閉めると、そのまま音も立てずに影のように姿を消した。
「あれ、あの人が“独りの男性”か……」 ゲルサン氏が後ろを振り返る。
「市場にでも行って、何か美味しいものを買ってきたのかな?」
ピエールは聞こえないふりをした。彼の軽薄な性格には、この秘密を明かすには軽すぎると思ったからだ。そして、ふと気恥ずかしさを覚えた。この敬虔な巡礼の場に、自分がいま目の当たりにした「肉の復讐」が潜んでいるという事実に、言い知れぬ戦慄を感じたのだった。
彼らが病院に到着したのは、ちょうど病人たちが洞窟へと運ばれるところだった。そして彼らは、マリーがとても機嫌よく、よく眠れたと言うのを聞いて安心した。彼女は父を抱きしめ、ガヴァルニーへの小旅行をまだ決めていないと知ると、彼を叱った。もし行かなければ、彼女はとても悲しむことになるだろう。それに、彼女は穏やかで微笑みながら言った――今日、奇跡は起こらないだろう、と。
それから彼女はピエールに、次の夜を洞窟の前で過ごす許可をもらうよう頼んだ。それは誰もが熱望する特権だったが、特別に庇護を受けている者にしか許されないものだった。ピエールは最初、それが彼女の健康に良くないと心配して強く反対した。しかし、マリーが突然とても悲しそうな顔をしたのを見て、彼はその願いを叶える努力をすると約束せざるを得なかった。きっと彼女は、暗闇の静寂の中で、聖母マリアとただ二人きりにならなければ、自分の願いは届かないと考えていたのだろう。
その朝、洞窟で三人はミサに与った。しかし、マリーは病人たちの群れの中でひどく落ち着かない様子だった。彼女はすぐに目が疲れたと言い、午前10時には病院へ戻りたがった。
ゲルサン氏とピエールが彼女を再びサント=オノリーヌ病室に寝かせると、彼女は二人にその日一日、放っておいてほしいと頼んだ。
「いいえ、迎えに来なくていいわ。午後には洞窟へ戻らないつもりだから、行っても無駄よ。でも、今夜の九時には必ず迎えに来てね、ピエール。約束したでしょ?」
ピエールは、許可を得る努力をすると繰り返し、必要ならフルカード神父に掛け合うつもりだと答えた。
「それなら、今夜ね、可愛い娘よ」と、ゲルサン氏も言い、娘にキスをした。
彼らが彼女をそのまま穏やかに、遠くを見つめる夢見るような笑みを浮かべたまま寝床に残して、ホテル・デ・ザパリシオンに戻ったときには、まだ10時半にもなっていなかった。
美しい天気にすっかり心を奪われたゲルサン氏は、できるだけ早くルルドの街を散策するために、すぐに昼食を取ろうと提案した。しかし、その前に彼はどうしても部屋に戻りたがった。ピエールも彼について行ったが、そこで二人は思いがけない場面に遭遇した。
ヴィニュロン家の部屋の扉は大きく開かれており、彼らはその中を覗くことができた。そこには、ソファをベッド代わりにしているギュスターヴが横たわっていた。彼の顔は青白く、ほんの少し前に気を失い、両親は一瞬、彼が息を引き取ったと思ったほどだった。ヴィニュロン夫人は椅子に腰を下ろしたまま、恐怖のあまり呆然としていた。一方、ヴィニュロン氏は部屋の中を慌ただしく動き回り、砂糖水の入ったコップに数滴の薬を落とすのに必死だった。
「まったく理解できん!」と彼は叫んだ。「こんなにまだしっかりしている子が、突然気を失うなんて!まるで絞め殺された鶏みたいに真っ青じゃないか!」
そして、彼はカナペの前に立つシェーズ夫人を見た。その朝の彼女はどこも悪そうに見えず、すこぶる健康そうだった。ヴィニュロン氏の手が震えたのは、その彼女の財産に対する密かな思いからだった。もしこの危機が息子を連れ去っていたら、今頃、叔母の遺産は自分たちのものではなくなっていただろう、と考えたのだ。彼は苛立ちを隠せず、ギュスターヴの口をこじ開け、砂糖水を無理やり飲ませた。
しかし、少年が微かに息をつくのを聞くと、彼の父親としての優しさが戻り、涙を流して「僕の坊や……」と呼びかけた。
すると、シェーズ夫人が近づいた。しかし、ギュスターヴは彼女を鋭く拒絶するように手を振り払った。その仕草には、まるで自分の親が叔母の財産に取り憑かれていることを理解したかのような、突然の憎しみが込められていた。
傷ついた様子の老婦人は、静かに少し離れた椅子に腰を下ろした。その間、安心したヴィニュロン夫妻は、聖母に感謝を捧げた。彼らの「可愛い坊や」は、悲しげな微笑を浮かべながら二人を見つめていた。その表情には、全てを知っているかのような影があり、十五歳にして、すでに人生に対する興味を失っているようだった。
「お力になれることはありますか?」と、ピエールは気遣わしげに尋ねた。
「いやいや、結構です、ありがとうございます」とヴィニュロン氏は答え、ほんの少しの間、廊下へ出た。「まったく、驚いたよ!息子はたった一人、かけがえのない存在なのに!」
その頃には、ホテル全体が昼食の準備に動き出していた。あちこちの扉が音を立て、廊下や階段には足音が絶え間なく響いていた。三人の若い娘たちが、スカートをはためかせながら駆け抜けていった。隣の部屋では、幼い子供たちが泣き叫んでいた。老夫婦や興奮した司祭たちが、普段の威厳もなく、裾をたくし上げて急いでいた。建物全体が、人々の重みで揺れるようだった。
そのとき、一人の召使いが大きな盆に乗せた食事を持って、一人で泊まっている紳士の部屋をノックした。しかし、その扉はなかなか開かなかった。やがて、少しだけ開き、穏やかに整った室内と、背を向けた男の姿がわずかに見えた。そして、召使いが退くと、扉は静かに閉じられた。
「おお、もう大丈夫でしょう。聖母様がきっと彼を癒してくださるに違いありません」とヴィニュロン氏は繰り返した。そして、彼は二人にしっかりと向き直った。「さて、食事にしましょう。いやはや、こんなことがあったから、もう腹がぺこぺこですよ!」
重い病や怪我で苦しむ人の集まる巡礼の地でのアバンチュール。ヴィニュロン氏とヴォルマール夫人はそういう関係だったんだよね。しかし、ピエールはヴォルマール夫人の置かれた状況も知っているから、哀れな感情を抱いたのだね。
返信削除そう、巡礼の地という敬虔な雰囲気の中で、ヴィニュロン氏とヴォルマール夫人の関係が浮かび上がるのは皮肉だよね。彼らにとっては現実逃避の場でもあったのかもしれない。ヴォルマール夫人は、夫の厳しい支配のもとで長年耐え続けてきた女性で、ある意味では「囚われの身」とも言える。そんな彼女にとって、ヴィニュロン氏との関係は、一瞬の解放であり、慰めだったのだろう。
削除でも、ピエールは彼女のそうした境遇を理解しているからこそ、彼女を軽蔑することはできず、むしろ「哀れな生き物(pauvre créature)」として見てしまうんだよね。ゾラの描写は冷酷だけど、同時に人間のどうしようもない部分に対する哀感もある。こういうところが『ルルド』の深みになっているんだと思う。