ピエールとゲルサン氏が食堂に降りていくと、そこには一つの空いたテーブルすら見つからず、彼らは不快な思いをすることになった。そこには驚くほどの群衆が詰めかけており、わずかに空いている席もすでに確保されていた。給仕が言うには、朝の十時から昼の一時までは、山の爽やかな空気で食欲をそそられた客たちが絶えず押し寄せ、食堂が空くことはないというのだ。仕方なく、彼らは二人分の席が空いたら知らせてもらうよう頼み、待つことにした。そして、することもなく、ホテルのポーチに出て、目の前の通りを絶え間なく行き交う晴れ着姿の群衆を眺めながら、ぶらぶらと歩いた。
すると、ホテル・デ・ザパリションの主人であるマジェステ氏が現れた。彼は全身白ずくめの服を着ており、非常に丁寧な態度で言った。
「もしよろしければ、客間でお待ちになりませんか?」
彼は45歳ほどの大柄な男であり、その名にふさわしく威厳を保とうとしていた。禿げ上がった頭、つるりとした顔、青く丸い目、三重に折り重なった顎を持ち、その表情には堂々とした風格が漂っていた。彼はネヴェールからやってきた人物であり、孤児院を運営する修道女たちと共にこの地へ来ていた。そして、彼はルルド出身の小柄で浅黒い女性と結婚し、二人で10年も経たぬうちに、ホテルを町で最も豪華で評判の良い宿の一つへと発展させた。さらに数年前からは、宗教用品の販売業も始め、ホテルの左手にある広々とした店舗を設け、妻の監督のもと、若い姪が店を切り盛りしていた。
「客間でお掛けになりませんか?」と、マジェステ氏は再び尋ねた。彼はピエールの僧衣を見て、殊更に丁重な態度を取っていた。
しかし、ピエールとゲルサン氏は、外で立ったまま待つ方がよいと考え、歩き続けることを選んだ。すると、マジェステ氏も彼らを離れようとせず、しばし話し相手になりたがった。彼は、ホテルの大切な客に敬意を示すのが常だったのだ。最初に話題に上がったのは、その夜に予定されている松明行列のことであった。天候が素晴らしいおかげで、壮観な光景が期待されていた。5万人以上の巡礼者がルルドに滞在し、近隣の温泉地からも多くの観光客が訪れていた。そのため、ホテルの食堂が混雑するのも当然だった。昨年の巡礼時にはパンが不足する事態にもなったという。
「ご覧の通り、大混雑です。」と、マジェステ氏は締めくくった。「私たちも手一杯で、どこに手をつけてよいかわからないほどです。少々お待ちいただくのは、どうかご容赦ください。」
そのとき、郵便配達人が大量の郵便物を抱えてやってきた。彼は新聞と手紙の束を帳場の机に置き、最後に手に残っていた一通を見ながら尋ねた。
「こちらにマーズ夫人はいらっしゃいますか?」
「マーズ夫人?マーズ夫人?」と、ホテルの主人は繰り返した。「いや、いないはずです。」
ピエールはこのやり取りを耳にし、郵便配達人に近寄って言った。
「マーズ夫人なら、無原罪の御宿り修道会の修道女たちの宿に滞在しているはずです。ここでは青の修道女たちと呼ばれています。」
郵便配達人は礼を述べて去っていった。しかし、マジェステ氏の唇には皮肉な笑みが浮かんでいた。
「青の修道女たちか……。」と、彼は低くつぶやいた。そして、ちらりとピエールの僧衣を横目で見た後、口をつぐんだ。言い過ぎるのを恐れたのだ。しかし、彼の心は憤りに満ちており、愚痴をこぼさずにはいられなかった。彼はピエールを「洞窟派(グロット派)」の一員とは見なしていなかった。「洞窟派」とは、ルルドの聖母を利用して金儲けをしている者たちを、彼が揶揄して呼ぶ言葉だった。しかし、少しずつ彼は言葉を選びながら話し始めた。
「神父様、私は誓って善良なカトリック信者です。ここにいる者は皆そうです。それに、ちゃんとミサにも行きますし、復活祭の儀式にも参加します……。しかし、修道女たちがホテルを経営するなんて、どう考えてもおかしいでしょう?いや、まったくけしからん!」
彼は商人としての憤りを吐露した。無原罪の御宿り修道会の修道女たちは、もともと聖体のホスチアを作り、祭壇布や聖具を管理する役割を担っていたはずだった。しかし、彼女たちは宿舎を大規模な宿泊施設へと変え、女性客専用の個室を提供し、共同で食事を取ることも、部屋で個別に食事をとることもできるようにした。施設は清潔で運営も行き届いており、何より安価だった。彼女たちは特権的な地位を利用して、ルルドで最も繁盛する宿泊施設を築き上げたのだ。
「神父様、考えてみてください!修道女がスープを売るなんて、そんなことが許されていいのでしょうか?しかも、あの院長は相当なやり手ですよ。金儲けのチャンスが訪れたと見るや、洞窟の神父たちとは手を切り、独自に事業を拡大していったんです。彼女はローマまで訴えに行き、勝訴しました。それ以来、すべての利益は彼女たちのものですよ。修道女ですよ?部屋を貸し、食事を提供する修道女なんて、聞いたことがありますか?」
彼は天を仰ぎ、息を荒げた。
「でも……。」と、ピエールは穏やかに反論した。「あなたのホテルは満員で、空き部屋もなければ、食事の席もない状態ですよね?もし彼女たちがいなかったら、新しく来る巡礼者をどこに泊めるのですか?」
マジェステ氏はすぐに声を荒げた。
「ああ、神父様、あなたはこの土地を知らないから、そんなことが言えるのです。巡礼のピーク時には私たち商人も潤いますが、それはせいぜい四、五日だけです。通常の時期には客足が落ちるんです……。」
ホスチアってどんなものですか?
返信削除**ホスチア(Hostie)**は、カトリック教会のミサにおいて**聖体(キリストの体)**として用いられるパンのことです。聖体拝領の際に信者が受け取る、小さくて薄い円形の無発酵パンを指します。
削除### **ホスチアの特徴**
- **無発酵パン**(酵母を使わない)
- カトリック教会では**イエス・キリストが最後の晩餐で用いたパン**を模しているため、発酵させずに作られます。
- 一方、東方正教会では発酵パンを使用することが一般的です。
- **主に小麦粉と水で作られる**
- 非常に薄く、パリッとした食感。
- 味はほとんどなく、シンプル。
- **形状**
- 小さな円形(信者が受けるもの)と、大きめの円形(司祭が聖別するもの)の2種類がある。
- 表面に**十字架**や**キリストのモノグラム(IHS など)**が刻まれることも多い。
### **ミサにおける役割**
- **聖別(Consecration)**:
- 司祭が「これは私の体である」とのキリストの言葉を唱え、ホスチアが**キリストの体へと変化する**とされる(**聖変化**)。
- **聖体拝領(Communion)**:
- 信者がホスチアを受け取ることで、キリストとの神秘的な一致を果たす。
- カトリックでは、通常は口で受けるが、手で受けることも許可されている。
### **ホスチアの製造と供給**
- **修道院や専門業者**がホスチアを焼き、各教会に供給している。
- **シトー会、ベネディクト会、カルメル会**などの修道院で作られることも多い。
- **ホスチア切れ事件**
- ルルドの巡礼期間中には、巡礼者が多すぎてホスチアが足りなくなることがある。
### **象徴的な意味**
- **旧約聖書の「マナ」**(イスラエルの民が荒野で与えられた神の食物)と結びつけられる。
- **イエスの犠牲と愛の象徴**として、信仰の中心的な要素。
- **カトリックでは実体変化(Transsubstantiation)**が起こると信じられており、単なるシンボルではなく**実際にキリストの体となる**とされる。
カトリック教会の典礼にとって、ホスチアは単なるパンではなく、信仰の核心ともいえる存在ですね。
マジェスタ氏、商売人ですね。巡礼ビジネスの成功者ですか。まあ、修道女たちもホスチア作りから始めて宿を経営してるわけだしね。人が集まるところにはビジネスが生まれるんだね。
返信削除そうですね。マジェスタ氏はまさに**巡礼ビジネスの成功者**といえるでしょう。彼のような商売人は、ルルドの巡礼ブームの中で、信仰心と経済活動を巧みに結びつけた典型的な存在です。
削除巡礼地には必ずと言っていいほど、**宗教的な要素と商業的な要素**が共存します。
- 修道女たちは**ホスチア作り**から始めて、やがて宿を経営するようになり、
- 地元の商人たちは、巡礼者向けに**ロザリオや聖水の瓶、聖母像**を売る、
- そして大口の商人(マジェスタ氏のような人)が、**巡礼の宿泊・食事・輸送手段を支配**する。
ルルドも例外ではなく、巡礼者が集まれば当然ながら**食・宿・土産・輸送の需要**が生まれ、それを満たすための商業ネットワークが形成されていく。まさに**「聖なる市場経済」**ですね。
こうした現象を見ると、信仰と経済は切り離せないものだと実感します。巡礼地というのは、ある意味で**宗教都市**でもあり、そこでの経済活動は「信仰の延長」として正当化される。
でも、その中には当然、純粋な信仰とは異なる**利潤追求の論理**が働くわけで、
- 「奇跡が増えれば巡礼者も増える」
- 「巡礼者が増えれば儲かる」
- 「巡礼をもっと快適にすればリピーターが増える」
…みたいな動きが自然と生まれる。
その結果、商売のために信仰が利用されることもあるし、逆に商売が巡礼の発展を支える側面もある。修道女たちの宿経営なんかは、まさにそのグレーゾーンにあるわけですね。
ルルドに限らず、**「人が集まるところにはビジネスが生まれる」**というのは、宗教に限らず歴史の普遍的な法則かもしれません。巡礼地もまた、人間の営みのひとつとして、信仰と商売が絡み合って成り立っているんですね。
このような例は他の宗教にも普通に見られることですよね。
返信削除そうですね。他の宗教でも**巡礼や信仰と商業が結びつくのはごく普通の現象**です。歴史を見ても、**「聖なるもの」**と**「経済活動」**は切っても切れない関係にあります。いくつか例を挙げてみましょう。
削除### **1. イスラム教のメッカ巡礼(ハッジ)**
イスラム教の五行の一つである**ハッジ(巡礼)**は、ムスリムにとって非常に重要ですが、これもまた巨大な商業圏を生み出しています。
- **巡礼のための宿泊施設、飲食業、土産物産業(例:クルアーン、数珠、巡礼服など)**が発達し、メッカ周辺の経済を支えています。
- **ザムザムの水**(聖なる泉の水)も巡礼者に人気の土産。
- **巡礼者向けの旅行代理店**もあり、航空券・ビザ・宿泊を手配するビジネスが確立しています。
→ メッカの周辺は「信仰の中心」であると同時に、「巡礼産業」の一大市場でもあるわけです。
### **2. ヒンドゥー教のヴァーラーナシー(バラナシ)**
インドのヒンドゥー教最大の聖地ヴァーラーナシーも、**宗教と商業が絡み合った場所**です。
- **ガンジス川での沐浴**は、ヒンドゥー教徒にとって魂を清める重要な儀式ですが、川沿いには**花、線香、灯籠などの供え物を売る商人**が立ち並びます。
- **火葬場ビジネス**も盛んで、ヒンドゥー教ではヴァーラーナシーで火葬されると解脱できると信じられており、多くの遺族が火葬サービスを求めます。
- **巡礼者向けの宿泊施設、食堂、修行体験ツアー**なども発達。
→ 巡礼地としての神聖性が、そのまま商業の活性化につながっているのが特徴的です。
### **3. キリスト教のサンティアゴ巡礼(カミーノ・デ・サンティアゴ)**
スペインの**サンティアゴ・デ・コンポステーラ**への巡礼路(カミーノ)は、中世から続くキリスト教の巡礼ルートですが、
- 巡礼者向けの**宿(アルベルゲ)、巡礼グッズ(杖、貝殻のシンボル)、巡礼証明書**などの商業が発達。
- ルート上の村々は、巡礼者向けの食堂や売店を運営し、巡礼経済が地方活性化にもつながる。
- 中世では修道院や教会が巡礼者向けの宿泊施設を経営し、信仰と商業が結びついていた。
→ 現代では巡礼が観光と結びつき、**「巡礼ツーリズム」**としても成り立っています。
### **4. 日本の寺社巡礼と門前町**
日本でも、寺社と商業の結びつきは非常に強いです。
- **四国八十八箇所巡礼**では、巡礼者向けの宿、白衣や金剛杖(巡礼用品)を売る商店が多数。
- **伊勢神宮**の「おかげ参り」では、周辺に**「おはらい町」や「おかげ横丁」**といった門前町が発展し、赤福などの土産文化が生まれた。
- **成田山新勝寺や浅草寺の仲見世通り**も、参拝客向けに土産物屋が並ぶ典型的な門前町。
→ 日本では「参拝=観光」の側面もあり、信仰と商売が当たり前のように共存しています。
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## **🧐 まとめ:巡礼地は「信仰+経済」の融合点**
どの宗教にも共通するのは、
✅ **巡礼者が集まる → 宿、食事、土産物の需要が生まれる**
✅ **巡礼地は信仰の中心であると同時に、経済活動の拠点にもなる**
✅ **修道院・寺院・教会が宿や巡礼サービスを提供することも多い**
つまり、ルルドのマジェスタ氏のような「巡礼ビジネス成功者」は、どの宗教にも必ず存在するわけですね。
そして、信仰が商業を生み、商業がまた巡礼地を維持・発展させるというサイクルがある。
結局のところ、**「人が集まる場所=経済が動く場所」**というのは、宗教に限らず歴史の普遍的な法則なのかもしれません。