2025年5月30日金曜日

ルルド 第150回

  それからゲルサン氏は、「まずは全部見て回らなくちゃならん」と繰り返しながら先へ進んだ。

 ピエールは、ベルナデットの兄の店を見つめながら、胸が締めつけられるような思いに駆られていた。妹が幻視した聖母マリアを、兄が売っている——それが彼をひどく悲しませた。だが、生活のためには仕方のないことだったし、彼の知る限り、きらびやかな黄金に輝くバジリカのすぐ隣にあっても、幻視者の家族は裕福とは言えなかった。なにしろ競争が激しすぎるのだ。巡礼者たちがルルドに数百万の金を落としていくにしても、宗教用品の商人は二百以上もおり、それにホテル業者や下宿屋も含めれば、利益の大半はそちらに流れてしまう。結局のところ、熾烈な争奪戦の末に得られる利益は、案外ささやかなものなのだ。

 ベルナデットの兄の店の左右にも、他の商店がずらりと並び、その長い長い列はひとつひとつがぴったりと隣り合って、まるで一本の帯のように、木造のバラックの中に建てられていた。これは市が建てた長屋式の商業ギャラリーであり、市はそこからおよそ6万フランの収入を得ていた。本当にバザールのようで、店先は開け放たれ、歩道にはみ出すほど商品を陳列して、通行人を手招きして引き込もうとしている。

 約300メートルにわたって、ほかの商売は一切なく、ただただロザリオ、メダル、聖像の流れが果てしなくショーウィンドウを通り抜けていく。看板には巨大な文字で崇敬すべき名が掲げられていた。聖ロクス、聖ヨゼフ、エルサレム、無原罪の聖母、マリアの聖心——天国のあらゆる力を総動員して、客を感動させ、引き寄せようとしているかのようだった。

「まったく」とゲルサン氏が言った。「どこも似たようなもんだな。どこでもいいから入ろうか」

 彼はもううんざりしていた。終わりの見えない店の列に、脚が痛くなっていたのだ。

「でも、さっき約束したんだから、さっきの店に戻ったほうがいいわ」とマリーは言った。彼女はまだ飽きていなかった。

「そうだな、また《マジェステ》に戻ろうか」

 しかし、「グロット通り」に出ると、またしても商店が始まった。両側には再びびっしりと店が立ち並び、そこには宝石商や雑貨商、宗教用品も扱う傘屋などが混ざっていた。中にはルルドの聖水を使ったドロップ缶を売る菓子屋もあって、その蓋には聖母の絵が印刷されていた。

 写真屋のショーウィンドウには、グロットとバジリカの写真、さまざまな修道会の神父や司教たちの肖像写真、そして近隣の名所の風景写真があふれんばかりに並んでいた。ある書店では、最近のカトリック書籍が平積みされており、信心深い題名の本がずらりと並んでいた。過去20年でルルドに関して出版された膨大な書物の中には、今なお名を残すほどの大成功を収めたものもあった。

 このにぎやかな大通りには、人の波がどっと流れ、巡礼者の持つ水筒がカチャカチャと音を立てていた。明るい太陽のもと、道の端から端まで生命に満ちた歓喜の気配が溢れていた。そして聖像、メダイ、ロザリオはどこまでも尽きることがなく、ひとつの店が次の店へと連なり、どこまでも延びていく。まるで町全体がひとつの巨大なバザールとなり、同じ商品をひたすら売り続けているかのようだった。

 アパリシオン・ホテルの前に差しかかったとき、ゲルサン氏はまたもや少し迷った。

「じゃあ、本当にここで買い物をするってことでいいのかい?」

「ええ、もちろんよ」とマリーが言った。「見て、なんてきれいなお店でしょう!」

 そう言って彼女は先に店に入った。実際、その店は通りの中でも最大級のもので、ホテルの1階、左手に広がっていた。ゲルサン氏とピエールも彼女のあとに続いた。

 マジェステ夫妻の姪であるアポリーヌが、売り場を任されていた。彼女は高いショーケースの上段から聖水盤を取ろうと、踏み台の上に立っていた。相手はひとりの若者で、礼儀正しい担架係。鮮やかな黄色の美しいゲートルを履いていた。アポリーヌは山鳩のようにくるくると笑い、愛らしかった。濃い黒髪を束ね、素晴らしい瞳をしていて、やや四角い顔には真っ直ぐな額、広い頬、濃く赤い唇があった。ピエールの目にしっかりと映ったのは、若者の手が彼女のスカートの裾に触れ、ちょうど差し出されたかのような脚のふくらはぎをくすぐっている光景だった。それはほんの一瞬の幻だったが、印象は鮮烈だった。アポリーヌはすぐさま軽やかに地面に降りてこう尋ねた。

「じゃあ、この聖水盤の型は、おばさまには似合わないと思いますか?」

「いやいや」と若者は去り際に答えた。「別の型を用意しておいてくれ。出発は明日だから、また来るよ」

 アポリーヌは、マリーが奇跡の主人公であり、前日からマジェステ夫人が話していたその人だと知ると、たちまち丁重になった。笑顔をたたえながら彼女を見つめたが、その微笑みの中には、どこか驚きと、控えめながらも不信感、さらには、美しい体に自信をもつ娘が、あまりに純真で未熟な処女性を前にして抱く、仄かな揶揄の気配があった。それでも、商売上手な販売員らしく、愛想よく口を開いた。

「まあ、お嬢さん、あなたに買っていただけるなんて、とっても嬉しいですわ! あなたの奇跡、とっても素晴らしいんですもの……。どうぞ、ご覧になってください、店中すべてがお目にかけられます。品ぞろえには自信がありますのよ」

 マリーは少し困ったように言った。

「ありがとう、ご親切に……でも、ほんの小さなものを買うだけなんです」

「よろしければ」とゲルサン氏が言った。「自分たちで選ばせていただければと思います」

「ええ、もちろん、どうぞご自由に。あとで私が見ますから」

 そのとき、他の客たちが入ってきたので、アポリーヌはそちらに注意を向けた。そしてすぐに、美しい販売員としての仕事に戻った。甘い言葉をかけ、魅力的な仕草で、特に男性客に対しては一層愛想よくふるまい、手ぶらで帰すことはなかった。

 ゲルサン氏の手元には、出発の際に長女ブランシュがそっと渡してくれたルイ金貨(20フラン)のうち、2フランしか残っていなかった。そのため、あまり積極的に買い物に踏み切れずにいた。だがピエールが、「ルルドで買った記念の品をおふたりにプレゼントできなければ、自分としてもとても残念です」と申し出たので、結局、まずはブランシュへの贈り物を選び、それからマリーとその父が、それぞれ好きな記念品をひとつ選ぶことに決まった。

「まあ、急がなくていいじゃないか」と、すっかりご機嫌になったゲルサン氏が繰り返す。「さあ、マリー、よく考えてごらん……ブランシュが一番喜ぶのは、どんなものだろうかね?」



4 件のコメント:

  1. ルイ金貨というのはどういうものなのでしょうか? ゲルサン氏はブランシュからもらった20フランの金貨を両替して使って残りは2フランになっていたということですかね?

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    1. とても良い質問です。はい、その理解でおおむね合っています。詳しく見ていきましょう。

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      🪙「ルイ金貨(louis d’or)」とは何か?

      「ルイ金貨」とは、**フランスで17世紀〜19世紀にかけて流通していた金貨**です。名前は、発行した国王の名「ルイ」に由来しています。

      * 最初の「ルイ金貨」は\*\*ルイ13世(在位1610〜1643)\*\*の時代に登場。
      * その後、「ルイ14世」「ルイ15世」「ルイ16世」時代にも発行され、19世紀半ばまでは一般的な高額貨幣のひとつでした。
      * 通貨としての価値は時代によって異なりますが、**19世紀末の小説などでは、金貨1枚=20フランの価値**を持つものとして描かれることが多いです。

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      📜ゾラ『ルルド』での「ルイ金貨」の意味

      ゾラがこの場面で「ルイ金貨(un louis)」と書いたとき、これは19世紀末の読者にとって、\*\*「20フラン金貨」\*\*のことを意味しています。

      ですから、ブランシュがゲルサン氏に「お小遣い」として**20フラン金貨1枚をこっそり手渡した**というわけです。これは現代でいうなら、1万円札を「お父さん、これ持って行って」と渡すような感覚に近いですね。

      ---

      💰2フランが残っていたという意味

      > Il restait deux francs à M. de Guersaint sur le louis que Blanche, sa fille aînée, lui avait glissé…

      つまり、「長女ブランシュがそっと渡してくれたルイ金貨(=20フラン)」のうち、**残り2フランだけになっていた**、ということです。

      したがってゲルサン氏は:

      * ルイ金貨(20フラン)をどこかで両替(もしくはそのまま買い物等に使い)し、
      * すでに18フランを使ってしまい、
      * 手元には**あと2フランしか残っていない**状態で買い物に来た、というわけです。

      ---

      💬補足的な読解のポイント

      この描写は、ゲルサン氏が「どこか間の抜けた、でも憎めない親父さん」であることをちょっとユーモラスに描いている場面でもあります。娘にお小遣いをもらって、すでに大部分を使ってしまい、でも嬉しそうに「焦らず選ぼう」などと言っているところに、ゾラらしい人間観察の妙があります。

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      ご希望であれば、「ルイ金貨」が実際どのようなデザインだったか、画像付きで簡単な説明をお出しすることもできますよ。

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  2. 私はルイ金貨よりもアポリーヌの色気にくらっときてしまいました(^^ゞ

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    1. あっ、それはもう完全にゾラの思うツボですね!😄
      アポリーヌの登場シーン、あれはまさに「お色気(エロス)と信仰(信仰具店)とのコントラストの妙」でしたね。

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      🧝‍♀️アポリーヌの描写、再確認すると…

      * **鳩のようなクスクス笑い**(*elle riait d’un roucoulement de tourterelle*)
      → もうこの時点でフェロモンが文章から立ち上ってます。

      * **厚く黒い髪、大きな目、四角い顔に広い額、赤く強い唇**
      → 肉体の力強さと、女性としての自信が滲んでます。

      * **若い担架夫(brancardier)との小芝居**
      → スカートの裾に手が…これは「見せ場」としてゾラもきっちり設計してますね!

      * **聖水盤を売りながらの色仕掛け**
      → お店が「奇跡グッズ専門店」であるだけに、この俗っぽさとのギャップが実に効いています。

      ---

      🤔これ、ゾラは何を狙ってるの?

      1. **信仰の商業化・観光化への皮肉**
       → 「聖なる場」で「聖水盤」と「肉体美」がセットで売られるという、強烈な諷刺。

      2. **マリーの純粋さとの対比**
       → アポリーヌの「濃厚ボディ」があるからこそ、マリーの「天使のような病弱少女」がより一層引き立つ。

      3. **男性読者の目を釘付けにするサービスカット**
       → まったく、そのおかげで私たち読者の視線もお店の品物より別のところに行ってしまうわけですが…(笑)

      ---

      💡ゾラのテクニック

      ゾラって「裸の体を描かずにエロスを感じさせる」ことに非常に長けた作家なんですよね。アポリーヌの足が「すすんで差し出されたように見える」なんて、直接的な描写を避けながらも**読者の妄想を誘導する名手**です。

      ---

      というわけで、ルイ金貨には「信仰と商売」のアイコンが詰まっていましたが、アポリーヌには「俗の美」「肉体の力」がギュッと凝縮されていて、これはもう一種の「信仰(肉体崇拝)」かもしれません。

      「ルルドで一番ホットだったのは温泉でも奇跡でもなく、アポリーヌの太ももだった」
      ……なんて、ゾラなら口をゆがめて言いそうですね(笑)。

      次のシーン、さらに深掘りしますか?

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