2025年6月4日水曜日

ルルド 第155回

  フェランはそっと笑い出した。

「修道女さま、私はサン=フランソワ修道女のお手伝いをしますよ……石油ストーブに火を入れ、カップを洗い、表に書かれた停止時間に合わせて配膳もします……それに、まあ、それでもし医者が必要になったら、呼びに来てくださいね。」

 ヒヤシンス修道女もまた笑った。
「でも、私たちにはもうお医者さまは必要ありませんわ、病人はみんな治ってしまったのですから!」

 彼女は穏やかで姉妹のような眼差しでフェランの目を見つめ、
「さようなら、フェラン先生」
と静かに言った。

 フェランは微笑みを浮かべたまま、無限の感情に目を潤ませた。その震える声が語っていたのは、忘れがたい旅の記憶、彼女に再び会えた喜び、そして永遠に神聖な優しさの思い出だった。
「さようなら、修道女さま」

 ジョンキエール夫人は、クレール・デ・ザンジュ修道女とヒヤシンス修道女と一緒に自分の客車へ向かおうかと話していた。しかしヒヤシンス修道女は、まだ患者たちの搬送が始まったばかりだから急ぐことはないと安心させた。そして彼女はジョンキエール夫人と別れ、クレール修道女を連れて行き、すべてを引き受けると約束した。さらには、ジョンキエール夫人の小さな手荷物さえもどうしても預かると言い張り、「あとで席でお返ししますから」と言って受け取った。

 そのため、婦人たちはそのまま散歩を続け、柔らかな陽光のなかで歩道をのんびり歩きながら、楽しげに語り合っていた。

 その頃、ピエールは大時計に目をやりながら、時間の経過を見つめていた。だが、マリーが父親と一緒に現れないことに、少しずつ不安を覚え始めていた*ゲルサン氏が道に迷っていなければいいが! と心配していると――彼の視線の先に、怒り狂った様子のヴィニュロン氏が、妻と小さなギュスターヴを乱暴に押し出すようにしながら現れた。

「ああ! 神父さま、お願いです、私たちの車両がどこか教えてください! 荷物とこの子を詰め込むのを手伝ってください……頭が混乱してどうしようもないんです、奴らのせいで完全に自制心を失いましたよ……」

 そして二等車の区画の前にたどり着いたとたん、神父がギュスターヴを車内に乗せようとしたその瞬間、ヴィニュロン氏は神父の手をつかみ、怒りを爆発させた。

「考えてもみてください! 奴ら、私に今すぐ出発しろというんです、明日になったら復路の切符が無効になるって! 事情を話しても無駄でした。ねえ? もうそれだけでもひどいのに、遺体の付き添いをして、棺に入れて、明日規定どおりに出発しなきゃならないというのに……それがどうしたって言うんですよ。巡礼者割引でもう十分まけてやってるんだから、死人の都合までは関係ないって言うんです!」

 ヴィニュロン夫人は震えながら夫の怒鳴り声に耳を傾け、ギュスターヴは忘れられたように片隅で、松葉杖にすがってよろめきながら、まるで死にゆく者のような顔を好奇心で持ち上げていた。

「もう、あらゆる言い方で言ってやりましたよ、これは不可抗力だって……いったい、彼女の遺体をどうしろというんです? 脇に抱えて今日中に荷物として届けろって言うんですか? どうしても残るしかないじゃないか……まったく、世の中には、バカで意地悪な奴らがいるもんですよ!」

「駅長にはお話しになりましたか?」 とピエールが尋ねた。

「ああ、駅長ね! あの混乱の中であっちの方にいたと思いますよ。でも誰も呼んでくれないし、どうやってあんな騒ぎのなかで話をつけろって言うんです? でも、探し出さなきゃ。言いたいことをぶつけてやらないと!」

 そして、ぼんやり立ち尽くしていた妻を見つけて怒鳴った。
「そこに突っ立ってどうする? さっさと乗り込んで、荷物とこの子を受け取れるようにしてくれ!」

 すると、すさまじい勢いで彼は妻を押しやり、荷物を投げ込むかのように渡しながら、神父がギュスターヴを腕に抱き上げた。
 この哀れな少年は、まるで鳥のように軽く、さらにやせ細っているように思われた。全身が傷に侵されていて、抱き上げられた拍子にあまりの痛みに小さな声を漏らした。
「おお、坊や、痛かったかい?」
「いいえ、いいえ、神父さま。今日はずいぶん動かされましたから……すごく疲れてるんです。」
 彼は悲しげで繊細な表情を浮かべながら、それでも微笑んだ。そして座席の片隅に体を沈め、目を閉じた――この死に至る旅路によって、すっかり力尽きてしまったかのようだった。

「おわかりでしょう、」とヴィニュロン氏が話を続けた。「まったく楽しいことじゃないんですよ、ここに一人取り残されるのは。妻と息子はパリに戻るのにね。でも、仕方ない。ホテルにはもういられないし、それに、また三人分の切符を買い直せだなんて、どう考えたって無理です。うちの女房は頭が悪くてね。私がいなきゃ、絶対にどうにもならんのです。」

 そう言って息を切らせながら、彼は妻に対して、細かいことまで容赦なく指示を浴びせ始めた――列車の中で何をすべきか、パリに戻ったらどうやって家に入るか、もしギュスターヴが発作を起こしたときにはどうするか……。
 ヴィニュロン夫人は、おびえながらも素直に、ひとつひとつ返事をしていた。
「ええ、ええ、あなた……きっと、そうするわ……」

 だが突然、彼はまた怒りだした。
「それで結局、俺の帰りの切符は有効なのか、無効なのか、どっちなんだ? そのくらい、はっきりさせたいんだよ! どこにいるんだ、駅長は? 今度こそ探し出して、俺の言いたいことをぶちまけてやる!」

 そう言ってまた群衆の中へ突進しかけたとき、彼はふと気づいた――ホームに、ギュスターヴの松葉杖が取り残されているではないか。それはまるで災難そのもののようだった。彼は天に向かって両手を挙げ、神に訴えるかのように絶望のジェスチャーを見せた。
「こんな複雑なことから、俺はもう絶対に抜け出せない!」

 彼は杖を妻に投げて渡しながら叫んだ。
「ほら! おまえはなんでも忘れる!」

 その頃には、病人たちが続々と到着していた。来た時と同じように、混雑と混乱のなか、絶え間ない運び込みが歩道沿いや線路を越えて続いていた。あらゆるおぞましい病、あらゆる傷口、あらゆる身体の歪みが、もう一度、列をなして現れた。まるで、いくつかの奇跡的な治癒など、大いなる悲しみの中に浮かぶ、取るに足らぬ微光に過ぎないかのようだった。

 彼らは、来たときのままの姿で、再び運び出されていった。小さな車椅子には、足の悪い老女たちが乗せられ、足元には荷物袋。車輪がレールにぶつかって響いた。担架には膨らんだ体、青ざめた顔にぎらつく目が横たわり、人混みに押されながら揺れていた。

 理由もなく焦る人々、どうにもならない混乱、叫び声、呼び声、突発的な走り出し――まるで群れた羊たちが、羊小屋の扉を見失って、場を旋回しているかのようだった。

 担架を運ぶ人々は次第に混乱し、どの道を取ればいいのかわからなくなっていた。そのたびに、駅員たちが叫び声をあげ、周囲の人々を驚かせ、恐怖と不安をいっそうかき立てていた。
「危ないぞ! 向こう、急げ、急げ! いや、もう渡るなってば!……トゥールーズ行きの列車だ、トゥールーズ行きが来るぞ!」

2 件のコメント:

  1. ヴィニュロン氏ってまさにカスハラ野郎、クレーマー、モンスター。こういう人って当時のフランスにもいたんだね。
    今の日本ではクレーマーが増えているといわれていますが、その理由について、現代と19世紀末、日本とフランスとの比較検討をしながら解説してください。

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    1. ご指摘のとおり、ゾラの小説『ルルド』に登場するヴィニュロン氏の言動は、現代でいうところの「カスハラ(カスタマーハラスメント)」「クレーマー」「モンスタークレーマー」そのものであり、こうした人物像が19世紀末のフランスにも存在したことを示しています。現代日本でのクレーマーの増加がしばしば話題になりますが、以下では 社会背景・消費者意識・階級意識・医療やサービスへの期待 などの観点から、ヴィニュロン氏のような存在を、19世紀末フランスと現代日本を比較しながら検討してみます。

      1. 共通点:顧客・患者の「自分は正当」という確信
      ● ヴィニュロン氏(19世紀末フランス)
      自分の家族、とりわけ息子ギュスターヴの病気に対して過剰なまでの庇護と執着を示す。

      公共の秩序や他者への配慮を無視してでも「自分たちは特別」という思い込みを通そうとする。

      社会的には中産階級(高級官吏)で、ある種の“自分は扱われて当然”という中流のプライドが見える。

      ● 現代日本のクレーマー
      自分が「金を払っている側」「患者」「親」などの立場であることを楯に、不当な要求や暴言を正当化。

      「客の言うことは絶対」という、かつての高度経済成長期から続く消費者至上主義の幻想が残っている。

      ネット社会の影響で、情報の非対称性が崩れ、消費者が「業者や専門家よりも上に立てる」という錯覚を持ちやすい。

      2. 違い①:クレームの「発露の場」=聖地 vs ネット社会
      ● ルルドという特殊な舞台
      ヴィニュロン氏の不満や焦燥は、「奇跡を求めてやってきたが得られなかった」という絶望から噴出する。

      クレームは公共空間(駅のホーム)で物理的に発散される。周囲に同情されることもあるが、煙たがられることも。

      ● 現代日本ではSNSが主戦場
      クレーマー行為はSNSや口コミサイト、レビュー欄を通じて「見えない大衆」に向けて拡散される。

      クレームが個人の怒りの表現から自己演出・承認欲求のツールになっている側面も。

      3. 違い②:信仰と医療への期待の違い
      ● 19世紀末のフランス(ルルド)
      医学への信頼が不完全。人々は教会や聖地、奇跡によって救いを求める。

      病気を「神が与えた試練」と捉えつつ、「神が癒してくれるべきだ」と思っている(矛盾)。

      → 期待が裏切られたとき、「何かの責任」を追及したくなる心理がクレーマー的態度に。

      ● 現代日本
      医療技術の高度化により、治癒への「当然の期待」が強くなった。

      説明責任(インフォームドコンセント)も強く求められ、「失敗や副作用」が許されにくい。

      → クレームは宗教的失望ではなく、制度的な不満・法的な抗議として表出する。

      4. 違い③:個人と社会の関係性の変化
      ● ヴィニュロン氏
      家族を守る「小市民」的道徳がクレームの動機。

      共同体(家族・社会)において役割を果たすことへのこだわりが強い。

      クレーム=「自分の正しさの証明」+「家族の未来の確保」

      ● 現代日本
      孤立化・無縁化が進み、自己責任論が浸透。

      逆に言えば、クレームによって「つながり」を作ろうとする心理も存在する。

      苦情は時に「自分を見てほしい」という存在証明の叫びにもなる。

      🎯補足:カスハラが生まれる「共通条件」
      社会的ストレスが高いとき(戦争後、疫病流行、経済不安)

      公共サービスの担い手が疲弊しているとき

      利用者と提供者の関係が「対等」ではなく「上下」だと錯覚されるとき

      ゾラが描いたヴィニュロン氏のような人物は、時代や国を問わず、社会のひずみや人間の不安の象徴として現れる存在なのかもしれません。

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ルルド 第176回

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