2025年6月6日金曜日

ルルド 第157回

  その時、運び込まれてくる病人の波がさらに増していく中で、ようやくトゥールーズ発の列車が到着した。喧騒が倍増し、まさに混沌そのものとなった。ベルの音が鳴り響き、信号機が忙しく作動している。駅長が駆け寄ってきて、肺の底から叫んだのが見えた。

「そこ、気をつけろ!……線路を空けたまえ!」

 係員のひとりが急いで、そこに放置されていた小さな車両――中には老婆が一人乗っていた――をレールの外に押し出しに行かなければならなかった。慌てふためいた巡礼の一団が、まだ機関車から30メートルの距離もないところを横切った。その機関車はゆっくりと、うなり声をあげ、煙を吹きながら進んできていた。さらに他の巡礼たちは、取り乱して、今にも車輪の下に戻って行きそうだった。作業員たちが彼らの肩を乱暴につかまなければ、轢かれていたかもしれない。

 ようやく、列車は誰も轢くことなく停車した。そこには、あちこちに散乱したマットレスや枕、クッション、そして目を回している人々の集団があった。混乱の中でも彼らはくるくると回り続けていた。ドアが開き、一方からは旅行者の流れが降りてきて、他方では別の流れが乗り込んでいった。互いに逆方向のその二つの流れは、頑固なほど交差し、混乱の極みに達した。閉じられたドアの窓からは、最初は好奇心に満ちた顔がのぞいていたが、やがてその顔は驚愕に打たれ、さらに哀れみへと変わっていった。とりわけ、純真な大きな目をした二人の若い娘の顔――愛らしいその顔には、やがて深い同情の色が浮かんでいた。

 その一方で、マーズ夫人はすでにひとつの客車に乗り込み、夫がその後に続いていた。彼女はあまりにもうれしそうで、軽やかで、まるで20歳に戻ったかのようだった。あの遥か昔の新婚旅行の夕べのように。そしてドアが閉められ、機関車が大きく汽笛を鳴らし、再びゆっくりと、重々しく動き出した。列車が去った後、背後にいた人の波が線路上にあふれ出し、まるで閘門が開いたように逆流して、再び場を満たしていった。

「ホームを封鎖しろ!」と駅長が部下に叫んでいた。「機関車を運んでくる時は注意しろよ!」

 その騒ぎのさなかに、遅れていた巡礼たちと病人たちが駅に到着した。グリヴォットが熱に浮かされた目で、踊るような興奮をもって通り過ぎていった。その後ろにはエリーズ・ルケとソフィ・クトーがいた。二人ともとても陽気で、走ってきたせいで息を切らしていた。三人は急いで自分たちの車両へ向かい、そこでヒヤシンス修道女に叱られた。彼女たちは危うく洞窟に取り残されるところだったのだ。時には、巡礼者たちがあまりに祈りに没頭し、聖母に別れを告げられず、列車が駅で待っているのを忘れてしまうこともあった。

 ふいに、ピエールもまた不安にかられ、何を考えていいかわからない中で、ゲルサン氏とマリーの姿を見つけた。二人は屋根付きの通路の下で、ユダイン神父と穏やかに話していた。ピエールは急いで駆け寄り、苛立ちをあらわにして言った。

「一体どこに行っていたんです? もう諦めかけていましたよ。」

「え? どこって?」とゲルサン氏は驚きながら、平然とした顔で答えた。「私たちは洞窟にいたんだよ。君だって知ってるだろう……ちょうど素晴らしい説教をしていた神父がいてね。あのまま、私が出発のことを思い出さなければ、ずっとそこにいただろうね……それで、約束通り馬車もちゃんと使ったんだよ」

 彼はふと話を中断し、大きな時計を見た。

「慌てることはない、まったく。列車の出発はあと15分は先だ」

 それは事実だった。そしてマリーは、神々しいまでの喜びの微笑みを浮かべた。

「ねえピエール、あなたにわかるかしら、この最後の聖母へのお別れが、私にどんなに幸せをくれたか! 私は彼女が微笑みかけてくれるのを見たの。彼女が、生きる力を私に授けてくれるのを感じたの……本当に、とても素敵なお別れだったわ。だから、私たちを怒らないでね、ピエール!」

 彼もまた、少し気まずそうに微笑み返した。自分の不安と苛立ちが恥ずかしくなったのだ。彼はそんなにまでしてルルドを早く離れたいと思っていたのだろうか? あるいは、マリーが洞窟に引き留められ、もう戻ってこないのではないかと恐れていたのだろうか? だが今、彼女がそこにいることで、彼は驚き、そして不思議なくらいに落ち着いた気持ちになっていた。

 彼らに「もう車両に乗った方がいいですよ」と勧めていたそのとき、ピエールは彼らに駆け寄ってくるシャセーニュ医師を認めた。

「おお、先生、お待ちしていましたよ。出発前にお別れの抱擁ができなかったら、本当に辛い思いをしたことでしょう!」

 しかし、老医師は感情に震えながら彼の言葉を遮った。

「ええ、ええ、ちょっと足止めを食ってしまってね……信じられるかい、つい10分ほど前に、ここに着いたばかりだったんだが、あっちで例のコマンドゥールと話してたんだ。あの変わり者の男だよ。君たちの病人たちが列車に戻って、つまり“家に帰って死ぬために戻る”のを見て、皮肉っぽく笑ってたんだ。『どうせなら最初からそうしておけばよかったのに』ってね。そうしたら、いきなり目の前で倒れてしまったんだ。雷に打たれたみたいにね……これで三度目の発作だった、彼がずっと待ち受けていたやつさ……」

「まあ……なんということ……!」と、ユダイン神父がそれを聞いてつぶやいた。「神を冒涜したから天罰が下ったのですね!」

 ゲルサン氏とマリーも、強い関心と深い感情を込めて耳を傾けていた。

「私は彼を、あそこ、倉庫の一隅に運ばせたんです」と、医師は話を続けた。「もう助かりません、手の施しようがない……たぶん15分もしないうちに死ぬでしょう……それで、司祭を探さねばと思って、急いで走ってきたんです……」

 そして、彼は振り向いて言った。

「神父様、あなたは彼のことをご存じでしたね? 一緒に来ていただけませんか。こんなふうにして一人のキリスト者を見送るわけにはいきません。もしかしたら、彼も心を動かされて、過ちを認め、神と和解しようとするかもしれません」

ユダイン神父はすぐさま彼についていった。ゲルサン氏もマリーとピエールを連れて、まるで劇の一場面のように興味をそそられながらその後に続いた。

 彼ら五人は、駅構内の騒がしい群衆からわずか20歩のところにある荷物倉庫の屋根の下に到着した。そこでは、誰一人として、たった今まさに一人の人間が死にかけているとは想像もしていなかった。

 その倉庫の隅、孤独に包まれた場所で、二つのオート麦の袋の山の間に、コマンドゥールは「オスピタリテ(奉仕団)」の予備のマットレスの上に横たわっていた。彼はいつものように、あの擦り切れたフロックコートを身にまとい、胸には大きな赤いリボンをつけていた。誰かが気を利かせて、彼の銀の頭のついた杖を拾い、それをマットレスの脇に丁寧に置いてくれていた。

 すぐさま、ユダイン神父が身をかがめた。

「親愛なる友よ、私たちのことが分かりますか? 聞こえますか?」

 コマンドゥールは、もう生きた肉体のうち、目だけしか残っていないように見えた。しかし、その目はまだ生きており、頑ななまでの活力の炎を宿して輝いていた。今回の発作は右半身を襲ったらしく、彼の言葉は完全に失われていた。それでも、彼は何かをつぶやこうとし、意思を伝えようとしていた。そして、ここで終わりたい、もう動かさないでほしい、もうこれ以上煩わせないでくれ、と意思を示すことに成功した。

 彼にはルルドに親族は一人もおらず、誰も彼の過去も家族も知らなかった。駅でのささやかな仕事をしながら三年間、実に幸せそうに生きていた。そして今、彼の唯一の切なる願い――永遠の眠り、すなわち癒しの無へと還ること――がようやく叶おうとしていた。まさにその喜びを、彼の目が物語っていた。

「何か、望まれることはありますか?」と神父が続けた。「私たちに、何かお手伝いできることは?」

 いいえ、いいえ――彼の目はそう語っていた。すべて満足だ、と。もう三年もの間、彼は毎朝目覚めるたびに、「今夜こそ墓場で眠れるだろうか」と望んできた。陽が輝いている日は、彼は羨ましそうに言ったものだった――「ああ、なんて素晴らしい旅立ち日和だ!」と。そして今、ようやくその死が訪れたのだ。この忌まわしい生を解き放つための、救済の死が。

4 件のコメント:

  1. 機関車の出てくるシーンですね。ゾラは元祖鉄道マニア、鉄男といってもいいでしょう。「獣人」ではひときわ念入りに機関車の描写をしていましたね。

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    1. おっしゃる通りです、ゾラは間違いなく「鉄男」の系譜に連なる人物です!とりわけ『獣人(La Bête humaine)』での機関車への執着ぶりは、ただの舞台装置ではなく、登場人物と同等かそれ以上の「生きた存在」として描いています。まさに蒸気のうなりと鉄の鼓動を持った怪物——主人公ルアンとほとんど一体化した存在でしたね。

      この『ルルド』の一節でも、背景として鉄道がしっかり機能していて、乗客の動き、発車までの時間、駅の構造、貨物置き場(ここでは「hangar des messageries」)までがリアルに描かれています。ゾラにとって鉄道は近代そのものの象徴であり、「運命の装置」でもあります。患者たちが「帰って死ぬために」再び列車に乗る、というコマンドゥール(Commandeur)の皮肉なセリフなど、皮肉と宿命の交差点として鉄道を用いているのは、やはりゾラらしいですね。

      ちなみに、『獣人』で機関車がまるで獣のように描かれているように、ここ『ルルド』でも「hangar des messageries(荷物倉庫)」の中で人知れず死にゆく男が登場するのは、文明の表舞台とその裏側を並置させるゾラの視線が感じられます。人間と機械、表と裏、生と死が、ひとつの駅の構内で交錯している——この構図、完全にゾラ節ですね。

      ご希望でしたら、『獣人』の機関車描写をちょっと抜粋して、鉄男ゾラのエッセンスを改めて味わってみるのも面白いですよ。いかがです?

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  2. 主人公ルアン? 「獣人」の主人公はジェルべーズの息子のジャックだったと思うけど。

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    1. おっと、まさにその通り!ご指摘ありがとうございます。そして、鋭いツッコミ、最高です。

      『獣人(La Bête humaine)』の主人公は**ジャック・ランティエ(Jacques Lantier)**、あの『居酒屋(L’Assommoir)』のジェルべーズの息子ですね。私がうっかり「ルアン」と書いてしまったのは、たぶん舞台の一つが「ルーアン(Rouen)」だったり、「ルルド」と混線したりした可能性が高いです。自分でも鉄道事故レベルの誤作動でした。

      ジャックは機関車「ラ・ロコモティーヴ」と文字通り一心同体の存在で、あの「メカフェティッシュ」ぶりは、純文学の中でもトップクラス。機関車に愛情を感じるあまり、まともな人間関係が築けない。しかも彼には“獣性”とも言える暴力衝動があるという、実にゾラ的な悲劇の主人公でした。

      ジャックが「獣」であり、「人間」であり、「鉄」であり、「肉」である。そのアンビバレンスが鉄道と結びついたとき、ゾラの自然主義は一種の“機械ロマン主義”に変貌するわけですね。いやはや、ゾラはやっぱり文学界の鉄道オタクNo.1です。

      またいつでもゾラ談義、しましょうね!

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