サントボノ神父は唖然としてボッカネーラ枢機卿を見つめていた。刃傷沙汰――このローマ近郊のカステッリの野性的な地方では日常茶飯事とも言えるような出来事――に対して、全能の枢機卿ともあろう人物が、そこまで細やかな良心の呵責を抱いていることが、彼にはまったく理解できなかったのだ。
「ウソってもんじゃありません、善いことだけを言うのは。善いところがあるなら、それを書けばいい。アゴスティーノにだって善い面はあるんです。推薦状ってのは、どんなふうに書くかが肝心なんでさ。」
彼はこの「調整案」に固執し続けた。彼の頭には、「事実をうまく言い換えて司法を納得させる」ことが拒まれる理由など思いもよらなかったのである。しかし、いくら説いても無駄だと悟ったとき、彼は絶望的な身振りをした。その土色の顔には激しい憤りの色が走り、黒い瞳が内に秘めた怒りで燃えた。
「いいでしょう、いいでしょう! 人は皆、それぞれの見方で真実を見るもんです。ではこのこと、サングィネッティ枢機卿猊下に報告してまいります。ご面倒をおかけしてしまったこと、誠に申し訳ございません、枢機卿猊下……いちじくのほうは、まだちょっと熟してないかもしれませんが、季節の終わりにもっと甘くなったものを、もう一度お持ちいたします。枢機卿猊下のご健康とご多幸を、心よりお祈り申し上げます。」
彼は後ずさりしながら退出していった。その大柄でごつごつとした身体を二つ折れにして、深々と頭を下げながら。
ピエールは、そのやりとりを固唾をのんで見守っていたが、彼の姿に、出発前に耳にしていたローマとその周辺の「小さな聖職者階層(プチ・クレルジェ)」の姿を重ねていた。サントボノは、ローマの石畳に転がり込んできたような、地方から流れてきた不遇な司祭――職にあぶれ、日銭を得るためにミサの依頼を奪い合い、場末の酒場で貧民と肩を並べて飲み明かすような――いわゆる「スカニョッツォ(教会のくず拾い)」ではなかった。
また、遠隔地の村にいるような、全く無学で、野蛮な迷信に囚われた農民司祭――教区民とほぼ同格で、信心深い村人たちからも決して神の使徒として見なされず、ただ「聖人像」の前では跪くが、「その像に祈る神父」には頭を下げないような――そうした田舎神父でもなかった。
たとえばフラスカーティの小教会の主任司祭は、年間900フランの収入があった。そして生活費といえば、パンと肉くらいなもので、ぶどう酒や果物、野菜は自分の庭でまかなえたのである。
このサントボノ神父は、少しばかりの神学と歴史の知識を持ち、特にローマのかつての栄光については情熱的で、それが彼の中で「復活するローマ」「世界を導くイタリア」という空想的な愛国心へと火をつけていた。しかしそれでも、こうした小さな聖職者たちと、バチカンの高位聖職者――枢機卿やモンシニョールたち――との間には、越えがたい壁があった。少なくとも聖職者として認められるには、「プレラート(位階持ち)」でなければ存在すらしていないのと同じだった。
「枢機卿猊下のすべてのご希望が叶いますように……重ねて、心よりお礼申し上げます!」
サントボノがようやく姿を消すと、枢機卿はピエールの方へ戻ってきた。ピエールは深くお辞儀をして、退出しようとしていたところだった。
「さて、モンスニョール、あなたのご著書についての件ですが、どうもよろしくないようです。正直なところ、わたしは詳しいことを知りませんし、書類にも目を通しておりません。ただ、姪のベネデッタがあなたに関心を抱いていることは存じておりましたので、先ほどちょうどここに来ていたインデックス(禁書目録)審査会の長官、サングィネッティ枢機卿に一言聞いてみたのです。しかし彼も、まだ詳細には知らされていないようで、事務局から文書が上がってきていないのだとか。ただし、非常に影響力のある人物からの告発がなされており、その対象はかなりのページ数に及び、教義と規律の両面で深刻な問題点が指摘されているとのことでした。」
この思いもよらぬ「影の敵」の存在に、ピエールはひどく動揺し、叫ぶように言った。
「おお、告発ですって……告発されたのですか! 枢機卿猊下には、この言葉がどれほど私の胸を締めつけるか、おわかりいただけるでしょうか! それも、まったく悪意なく、ただただ教会の栄光を願って書いたもので……ならば、私は教皇聖下の御前に出て、ひざまずいて、自らを弁明いたします!」
その瞬間、ボッカネーラ枢機卿はぴしりと背筋を伸ばした。その大きな額には、くっきりと固い皺が刻まれた。
「聖下はすべてをお見通しですし、望まれればあなたをお召しになり、許しをお与えになることもおできになります……だが、よくお聞きなさい。私はもう一度忠告します。ご自身でご本を回収し、勇気を持って焼き捨てなさい。このまま戦いに突き進めば、あなたは打ちのめされる恥辱を味わうことになります……とにかく、よくお考えになることです。」
ピエールは、自分が「教皇に拝謁する」と口にしてしまったことを即座に悔いた。至高の権威を盾にするような言葉は、枢機卿に対する侮辱ともなりうる、と直感したからだった。そもそも、枢機卿が自分の著作を支持することは、もはや望むべくもなかった。彼に期待できるとすれば、せめて周囲に中立の姿勢を保たせてくれること――ただそれだけだった。
それでも彼は、この人が陰湿な策謀とは無縁で、実に率直で誠実な人物だと感じていた。そして自らの書物をめぐる不穏な気配を嗅ぎ取り始めていた今、そうした潔い態度はますます尊く思えた。ピエールは深く礼をして、心からの敬意を込めて別れを告げた。
「枢機卿猊下の並々ならぬご親切に、心より感謝申し上げます。仰せのことば、一つひとつをよく胸に刻み、慎重に考えてまいります。」
彼が応接室を出て前室へと入ると、その間に訪ねてきたらしい5、6人が待っていた。その中には一人の司教、ある高位聖職者、老婦人が二人――といった顔ぶれがいた。
ピエールが退出の前にドン・ヴィジリオの方へ歩み寄ろうとしたとき、彼は思いがけない光景に目を奪われた。なんとドン・ヴィジリオが、一人の若い金髪の長身のフランス人と親しげに話していたのだ。
その若者はピエールを見つけるや否や、大いに驚きながら声をあげた。
「なんと! あなたがローマにいらっしゃるとは、神父さま!」
ピエールもまた、一瞬たじろいだが、すぐにその顔を思い出した。
「ああ、ナルシス・アベールさん! 失礼しました、最初は気づきませんでした。昨年からローマ駐在の大使館付としておられると伺っていたのに、お恥ずかしい限りです。」
ナルシス・アベールは、すらりとした優雅な体つきで、どこか気品に満ちていた。透き通るような肌、うっすらと藤色がかった青い瞳、細く巻かれた金髪のあごひげ、そして額の上できっちりと切り揃えられたフィレンツェ風の巻き毛――完璧な身なりをしていた。
彼は裕福なカトリック名家に生まれ、代々判事を務めてきた家系の出で、外交官として名を馳せる叔父の影響で、その道に進むことが自然と定まっていた。ローマには有力な親族が多く、居場所はまさに「用意されていた」ようなものだった。
彼の伯母がパリの公証人と結婚しており、その相手がサルノ枢機卿の義弟だったため、彼は同枢機卿の義理の甥ということになる。また、母方の叔母がイタリア人の陸軍大佐と結婚して生まれたのが、現在ヴァチカンの秘書参事官であるカメリエーレ・セグレットのガンバ・デル・ゾッポ師。その彼とも従兄弟同士だった。
こうして、ナルシスはサン・ピエトロ大聖堂に近い聖座大使館の一員として任命され、やや風変わりな振る舞いにもかかわらず、周囲に好意的に受け入れられていた。
というのも、彼は芸術に対する熱狂的な情熱を持ち、それを言い訳にしてローマの街を気ままにさまよい歩いていたのだが、礼儀正しく魅力的で、優雅な立ち居振る舞いをすることで、誰にも悪印象を与えなかった。しかも、内実は非常に現実的な人物であり、金銭の扱いに非常に明るかった。
そのため、今朝のように、少々疲れたような、神秘的な面持ちを見せながらも、大使の代理として枢機卿のもとへ「重要な案件」を話しに来る、ということもあったのだった。
閣下、猊下、聖下、それぞれ厳密に使い分けたほうがいいのかな?
返信削除はい、日本語訳において「閣下」「猊下」「聖下」などの敬称は、登場人物の地位や文脈を踏まえて厳密に使い分けたほうが、読者にとっても明瞭かつ格式を損なわない訳文になります。
削除以下にそれぞれの敬称の使い方を簡潔に整理します:
🟥 猊下(げいか) — Eminence
✅ 枢機卿(Cardinal) に対する正式な敬称。
フランス語の Son Éminence(直訳:猊下)に対応。
例:「ボッカネーラ猊下がそう仰せでした。」
🟦 聖下(せいか) — Sainteté
✅ 教皇(Pape) に対する敬称。
フランス語の Sa Sainteté(His Holiness)に対応。
例:「教皇聖下に謁見する予定です。」
🟨 閣下(かっか) — Excellence
✅ 通常は大使、公使、外交官、高位の政府関係者に対する敬称。
カトリック文脈では、司教(évêque)や大司教(archevêque)にも使われる場合があります(やや訳し手の方針次第)。
例:「サルノ枢機卿の甥であるナルシス閣下が――」というように、外交官的な立場を重視する場面で有効。
💬 補足:神父・修道士には?
「神父様」「師(し)」「神父」などで十分。無理に敬称をつける必要はありません。
例えば「サントボノ神父」は「猊下」や「閣下」ではなく、単に「神父」でよいです。
🧭 実際の訳文方針としては…
枢機卿:猊下(一貫して固定)
教皇:聖下
大使や外交官、司教(立場を明確にしたいとき):閣下
修道士・神父:神父/師/様などカジュアルな敬称
翻訳中の人物では:
ボッカネーラ枢機卿 → 猊下
サングイネッティ枢機卿 → 猊下
ナルシス(外交官) → 閣下(必要なら)
ピエール(神父) → 神父様/神父
サントボノ神父 → 神父
📝 ですので、もし翻訳に統一感を持たせたい場合は、上記の方針で一貫していくことをおすすめします。