しかし、モンシニョール・フォルナーロは、それ以上話を聞こうとはしなかった。両手で頭を押さえ、わずかに身を引きながらも、終始、礼を失することはなかった。
「いけません、いけません! そんなことをおっしゃらないで。これ以上は困ります……。それを聞けば、私は大変に悲しい思いをしてしまうでしょう。――まあ、そうですね、もしそうお考えになりたいのなら、『誰かに誤ったことを教えられた』ということにしておきましょう。というのも、そもそも何も知ってはならないのです。誰も、私でさえも、何も知らないのですから……。お願いです、そうしたお話はここでやめにいたしましょう。」
幸いにもピエールは、その言葉に触発されて、救いの手がかりを思い出した。禁書目録省の査察官の名が、決定的な効果を持つと見抜いたのだ。
「もちろんです、モンシニョール。私はあなたを少しでもご面倒に巻き込むつもりはありません。それに、率直に申しますと、もしモンシニョール・ナーニご自身が、あなたのお名前とご住所を私にお伝えくださらなかったら、私がこうしてお伺いすることなど、決してなかったでしょう。」
その名が出ると、案の定、即座に変化が訪れた。だが、モンシニョール・フォルナーロは、あくまで優雅に、まるで一つの舞踏のように、柔らかく態度を変えた。すぐには降参せず、むしろ愉快そうに、含みのある微笑を浮かべていた。
「なんですって、ナーニがそんな口の軽いことを? まったく、叱ってやらなくてはなりませんね……ふふ、怒ってしまいそうだ! でもね、彼が何を知っているというのでしょう? 彼はこの禁書目録省の一員ではない。誰かに誤って伝えられたのかもしれません……。あなたからも、彼にお伝えください。『私の件には何の関わりもない』と。それで彼も、みなが守るべき沈黙の重さを思い出すことでしょう。」
そして、例の甘く人をとろかすような微笑を浮かべ、優しく言い添えた。
「さて、それでもナーニがそうお望みなら、ほんの少しだけお話をしてもよいでしょう、親愛なるフロマン神父。――ただし条件があります。あなたは、私の報告内容についても、禁書目録省の中でなされたことについても、何一つ知らない、ということにしておいてくださいね。」
ピエールも思わず微笑んだ。形式さえ保たれれば、どれほど事が容易く運ぶことかと感嘆しながら。彼は改めて自分の立場を説明し始めた――自分の著書が不意に訴追されたことへの驚き、いまだにその理由が分からず、非難の根拠を探しても見つけられないという困惑を。
「本当に、本当に驚きましたよ!」と、モンシニョール・フォルナーロは目を丸くして言った。あまりの無垢さに、いかにも心打たれたふうを装いながら。
「禁書目録省というのは、あくまで法廷のようなものです。告発があってはじめて動くことができる。あなたの本が審査されたのは――誰かが、それを告発したから。それだけのことです。」
「そうです、わかっています。告発されたんですね!」
「ええ。おそらくですが、フランスの三人の司教によって訴えが出されたのです。――お名前は、申し訳ありませんが控えさせていただきます。ともあれ、その告発があった以上、禁書目録省としては審査を行わざるを得なかった、というわけです。」
ピエールは茫然と見つめた。三人の司教に訴えられた――それはいったい、何のために? どんな意図で?
そして彼は、ふと思い出した。自分の後ろ盾となってくれた人物のことを。
「考えてみてください。枢機卿ベルジュロは、私の著書を讃える手紙をくださり、それを私は序文として掲げました。あの手紙は、フランス司教団にとって、十分な保証になったのではありませんか?」
フォルナーロは、巧みに首を傾げ、微笑みながら言った。
「ええ、もちろん、あの手紙――あれは本当に見事な手紙でしたよ。ですがね……そうですね、あの方ご自身のためにも、そしてあなたのためにも――あの手紙は書かない方がよかったのではないかと、私は思うのです。」
ピエールが驚いて口を開き、なおも問いただそうとしたその瞬間、フォルナーロは急に慎重な笑みを浮かべた。
「いえいえ、私は何も知りませんし、何も申し上げません。ベルジュロ枢機卿は、みなが敬う聖人です。もし彼が過ちを犯すとすれば、それはひとえに、あの方の優しすぎる心のせいでしょう。」
沈黙が落ちた。ピエールは底知れぬ深淵を覗きこんだ気がした。もはやそれ以上は問い詰める勇気もなく、少し激しい口調で言葉を変えた。
「それにしても、どうして私の本が? 他の本ではなく? ――私は誰かを非難するつもりはありません。しかし、ローマが目をつぶっている著作の中には、私の本よりもはるかに危険なものがいくつもあるじゃありませんか!」
今度は、モンシニョール・フォルナーロが嬉しそうに頷いた。
「まったくその通りです。我々も、すべての悪書を取り締まることなど到底できません。残念ですが、仕方のないことですよ。――想像してごらんなさい、読まなければならない本の数を! ですからね、どうしても、“特に悪質なもの”を、まとめて処分するしかないのです。」
la congrégation de l'Index の訳が大分ばらついてしまった💦
返信削除禁書目録省
教理審査聖省(インデックス)
とか。
この組織って、今もバチカンにあるのかな?
おお、鋭いところに気づかれましたね、そらさん。
削除ゾラが書いている la congrégation de l’Index(インデックス聖省)は、実は今はもう存在しません。
少し整理して説明しますね。
🔹正式名称と役割
Congrégation de l’Index(禁書目録省)
正式には、
Sacra Congregatio Indicis Librorum Prohibitorum
(聖なる禁書目録省)
と呼ばれ、
「信仰に反する書物を調査し、禁書目録に登録する」
という任務を持っていました。
つまり、ゾラの時代にピエールの『新しいローマ』が審査されているのは、まさにこの省――
「この本、カトリック的にヤバいか否か」を判断する部署、ですね。
🔹いつまで存在したのか
設立:1571年(ピウス5世)
廃止:1917年(ベネディクト15世)
→当時すでに「表現の自由」との兼ね合いで批判が強まり、**「聖省公教信仰省(Congrégation du Saint-Office)」**に統合されました。
1966年(パウロ6世)
→最終的に「禁書目録」(Index Librorum Prohibitorum)そのものが完全に廃止されます。
現在はその後継にあたるのが、
👉 信仰教理省(Dicastère pour la Doctrine de la Foi)
旧称:Congrégation pour la Doctrine de la Foi(CDF)
つまり、現代では「教理審査聖省」と呼ばれる組織の中に吸収された形です。
ここはいわば「現代版・サン・オフィス」で、今でも存続しています。
🔹訳語の整理案
ゾラ時代の la congrégation de l’Index をどう訳すか、ですが――
時代背景を明確にしたいなら:
「禁書目録省(インデックス)」
「インデックス聖省」
「禁書審査聖省」
のいずれかがいいと思います。
「教理審査聖省」は現代の組織名に近すぎるので、ゾラ時代のニュアンス(書物検閲機関)を出すなら避けた方がよいかも。
💡ねこじい的おすすめ:
「インデックス聖省(禁書目録省)」
こうしておくと、本文では「インデックス聖省」と自然に言えますし、注釈や巻末で(禁書目録省)と説明を入れられます。
ゾラが書いた「la congrégation de l’Index」の冷たく官僚的な響きも、きちんと保てます。
今回訳してもらった中では
返信削除la congrégation 会衆
とされていましたが、これも禁書目録省としても大丈夫ですよね?
はい、まったく問題ありません👌
削除ゾラが使っている la congrégation de l’Index の congrégation は、現代語の「修道会」「会衆」ではなく、ローマ教皇庁の行政機関(聖省)を指しています。
つまり、フランス語の congrégation は当時、ラテン語の Congregatio ― すなわちバチカン官僚組織の正式名称の一部なんですね。
たとえば:
Congrégation du Saint-Office → 「聖省公教信仰省(サン・オフィス)」
Congrégation de la Propagande → 「布教聖省(プロパガンダ・フィデ聖省)」
Congrégation de l’Index → 「禁書目録省(インデックス聖省)」
ですから、今回の箇所も
「インデックス聖省(禁書目録省)」
と置き換えて訳してまったく支障ありません。
逆に「会衆」とすると、読者が「修道会?」と誤解しかねないので、ここは制度的・行政的な訳語(省・聖省)で統一した方が良いでしょう。
💡まとめると:
la congrégation de l’Index → インデックス聖省(禁書目録省)
la Propagande → 布教聖省(プロパガンダ・フィデ聖省)
le Saint-Office → 聖省公教信仰省(サン・オフィス)
こうしておくと、ゾラのローマ批判に出てくる「聖なる官僚制」の冷たさが、現代の読者にも伝わりやすくなります。