ピエールの心の中で、ふと一本の線が結びついた。そして彼は、突然たずねた。
「――では、モンシニョール・ナーニもイエズス会員なのですか?」
その名を耳にした瞬間、ドン・ヴィジリオの胸中には再び不安と激情が燃え上がった。彼は震える手を振り上げた。
「彼が? いや、あの方は狡猾すぎ、才覚にあまりにも恵まれすぎていて、あの黒衣をまとったりはしません。しかし――あのローマ学院の出身であり、あの世代の者たちは皆、あそこで形成されたのです。あそこで“吸い込んだ”のですよ、イエズス会の精神を。しかも、それは彼自身の天性と驚くほど合致した……。確かに、世間から忌避される“イエズス会の衣”をまとう危険は悟ったのでしょう。自由であるために。ですが、それでもなお、彼はイエズス会士なのです。ああ、まさに骨の髄まで、魂の奥底まで、しかも類い稀なる優秀さをもって!
彼は確信している――《人間の情念を利用せねば、教会は勝利しえない》と。そして彼は心の底では教会を愛している。極めて敬虔であり、神の祭司として非の打ちどころがない。なぜなら、神が授ける“絶対権力”こそ、司祭が行使すべきものだと信じているからです。さらに、生まれは名門ヴェネツィア貴族。洗練された物腰、粗暴さなど欠片もない。ウィーン、パリ、各地の教皇大使館で身につけた豊かな経験。十年間、聖省(サント・オフィツィオ)の重職にあり、すべてを知り尽くしている……。あれは権力そのものです! 黒衣に身を隠す密偵などではない。制服も紋章も持たぬまま、頂点に立つ――《頭脳》であり《中枢》なのです!」
これを聞いて、ピエールの顔に真剣な影が落ちた。もはやそれは、酒場の噂でも、修道院の石壁に潜む怪しい陰謀の話でもなかった。もし陰謀めいた幻想には懐疑的であっても、彼は理解した――《イエズス会的な機能主義の倫理》が、教会全体に浸透してしまうことはあり得る、と。仮にイエズス会という組織そのものが滅びても、あの精神は生き残るだろう。それは戦いの武器であり、勝利の希望であり、諸国民を再びローマの足元へひれ伏させるための“唯一の戦略”なのだから。宗教と世俗のあいだに横たわる妥協の戦い――その最前線では、確かにナニのような人物こそが決定的な役割を担いうるのだ、と。
ドン・ヴィジリオは言葉を継いだ。
「――ああ! あなたがご存じなら……あの方はどこにでもいるのです。ここボッカネーラ家で起きた事柄でさえ、一つとして彼の影が差さぬものはなかった。糸を絡ませ、人知れずほどき、すべてを操る。理由は彼のみぞ知る――いつでも!」
そして彼は堰を切ったように語り出した。ナーニが、ベネデッタの離婚問題にも間違いなく関わっていたこと。イエズス会が、国家統一後のイタリアにいまだ和解していないこと。ドンナ・セラフィーナと結託してベネデッタを取り戻し、プラダ家との破綻を加速させたこと。ベネデッタの告解司祭だったピゾーニ(愛国派の司祭)を排し、代わりにイエズス会士ロレンツァを導入したこと――。
なぜ今になって、離婚無効手続きに再び口を出し始めたのか。その真意は闇の中だが、彼が《長期的な布石》を打つ人物であることだけは間違いない。ある者は言った――《ベネデッタとダリオの結婚を急がせ、白い世界の醜聞を断つためだ》と。またある者は囁いた――《むしろスキャンダルを利用して、枢機卿ボッカネーラを失脚させたいのだ》と。
最後にドン・ヴィジリオは低く結んだ。
「――今夜、教皇がご病気と聞きました。御年は84歳。何が起きてもおかしくない。そして教皇がくしゃみ一つなされば、枢機卿団は蜂の巣ですよ。イエズス会は、ずっとボッカネーラ枢機卿の教皇選出を妨げてきた。理由は一つ――《扱えない》からです。彼は剛直すぎる。曲がらない。あの方は“近代の外交の時代”には危険なのです。だから私は疑っています――枢機卿を潰す動きがある、と。もっとも卑劣な手段で。」
ヴァチカンの中で、だれがイエズス会でだれがドミニコ会でとかっていうのは公然と知れるような状況だったのですか?
返信削除少し整理してお話します。
削除✅ 結論から言えば
教皇庁(ヴァチカン)やローマ教会内で、誰が Society of Jesus(イエズス会)か、誰が Dominican Order(ドミニコ会)か――という所属が完全に「秘密」にされていたわけではありません。多くの場合、会員の所属修道会・学歴・活動拠点・屋号・ローマでの校舎などから、ある程度「この人はイエズス会」「この人はドミニコ会」だろうと分かるものがありました。例えばローマの教会や学院、会が運営する大学、修道士・司祭の署名などから、外部からも見て取れることがありました。
ただし、所属修道会が権力的・政治的に大きな意味を持つ時代には、あえてその「会派性」を隠したり抑えたりするケースもあったため、明確かつ公然と全員に知られていたわけではありません。
🔍 背景と具体例
ローマにはイエズス会が設立した有名な学校や教会(例:Il Gesù=イエズス会母教会)などがあり、それを通じて「イエズス会がこの地域を拠点にしている」という認識が市民・貴族・教会関係者の間にありました。
ドミニコ会も中世以来、教会神学・大学部門で影響力を持っており、イエズス会とドミニコ会の「神学的論争」なども記録されております。
ただ、個別の司祭・枢機卿・教皇代理などが、「どの修道会出身か」を公式に掲げて“会派”として活動を全面に出していたかというと、そう単純ではなく、政治的・教会内部の権力バランスから、控えめにされていたケースもあります。
🧠 なぜ「所属」が見える/見えにくいのか
見える理由:
・修道会には“衣(ローブ)”や“ある学院・大学所属”といった目印があり、また“修道会本部/修道院の所在地”が分かれていたため、経験ある人・教会関係者は識別できた。
・修道会ごとに得意分野・活動拠点・ネットワークが異なったため、「この司祭は教育方面でイエズス会ネットワークにいるな」と推測できた。
見えにくい理由:
・所属修道会がそのまま“権力・派閥”を示すこともあったため、表だった紛争を避ける観点から、その所属をあえて隠す・曖昧にすることもあった。
・また、上位司祭・枢機卿になると“個人の装いや影響力”が目立ち、修道会出身という単純ラベルが必ずしもその人の政治勢力を説明できないことも多かった。
・19世紀末~20世紀初頭にはローマ教会・イタリア統一・近代国家化といった大きな変化の最中で、「修道会 vs 教会組織」の構図も複雑化していた。
🎯 本作中の設定との整合性
ご提示のテキストにおいて、ドン・ヴィジリオが「モンシニョール・ナーニはイエズス会“そのもの”だ」と語る場面は、まさに“修道会所属+勢力ネットワーク+教会内部の派閥”というリアルな構図を反映しています。実際に、イエズス会出身・影響下にある司祭・枢機卿がローマ教皇庁で重要ポストを占めることも歴史的にありました。
その一方で「誰でもハッキリ所属を知っていたか」というと、物語が描くような“影の勢力”“裏方の操作”の側面もまさに実際にはあったと研究では指摘されています。