すぐに、彼は自分がつい声に出して考えてしまったことを後悔した。というのも、その横で、野獣のうめきのような低い呻き、抑えきれず漏れた唸り声を聞き、伯爵がそこにいることを思い出させられたからである。伯爵は、しかし、その再び開いた傷口からの叫びを押し殺した。そして、なおも力をふりしぼって、乱暴な陽気さを装った。
「へえ! 二人とも、肝の据わったことだ! どうせなら、ここで結婚式でも挙げて、我々の前で寝所に行ってもらいたいものだね。」
それから、男として満たされない欲望の苦痛が反乱して引き起こしたこの下品な冗談を悔い、彼は無関心を装おうとした。
「今夜の彼女は本当に綺麗だよ。知っているだろう、彼女は世界一美しい肩をしているって。しかも、それを見せないことで、なおいっそう綺麗に見えるんだから、これは彼女にとって大成功だ。」
彼は続け、まるで無関心であるかのように話し続け、彼が頑なに「伯爵夫人」と呼び続ける女性の些細な出来事を語った。しかし彼は少し窓の中のほうに身を引き込み、たぶん自分の青ざめた顔や、唇をひきつらせる痛みの痙攣を見られるのを恐れたのだろう。あの、あからさまに幸福そうな二人の喜びの横で、笑って不遜にふるまうだけの余力が、彼にはもうなかった。そして、ちょうどその時、国王夫妻の到着が彼にひと時の猶予を与えてくれたので、彼は救われた気持ちになった。
「おお! 陛下がお出ましだ!」と、彼は窓のほうを振り向きながら叫んだ。「ほら、あの通りの押し合いを見給え!」
実際、閉め切った窓越しにも、歩道からの群衆のざわめきが響いてきた。そしてピエールが覗くと、電灯の光を反射して、無数の人の頭が波のように車道を埋め、馬車のまわりに押し寄せていた。彼はすでに何度か、日ごとにヴィッラ・ボルゲーゼを散策する際、国王を見かけたことがあった。護衛も随行もつけず、ただ副官を一人乗せただけのビクトリアで、まるで質素な一般市民、気のいいブルジョワのようにやって来るのだ。ほかの時には、王は一人で、小さな軽い二輪馬車を御し、黒い制服の従者をひとり伴うだけだった。ある時などは、王妃を連れて来て、ふたり並んで座り、仲睦まじい夫婦が愉しみの散歩に出たといった風だった。そして、街の忙しい人々や庭園の散歩客たちは、そうして通り過ぎる二人を見ると、愛情のこもった仕草で軽く挨拶するだけで、喝采などで煩わせることはなかった。気の大きい者でも、ただ自由に近づいて微笑みかけるだけだった。だから、常に厳重な警護と軍隊の威容に囲まれて行進する王という伝統的なイメージを抱いていたピエールにとって、この、民の微笑みに包まれながら、自由気ままに、誇らしいほど無防備に歩む王夫妻の親しみやすさは、驚きであると同時に胸を打つものだった。クイリナーレ宮についての話も各所から耳に入ってきていた。国王の優しさと質素さ、平和を望む心、狩猟や孤独、広い空気への情熱――こうしたものが、しばしば政治への倦怠から、遠く権威的な主権者の職務を離れ、自由な生活を夢見させたというのだ。しかし、何より王妃は崇拝されていた。あまりに自然で落ち着いた誠実さを持ち、ローマの醜聞だけは本人だけが知らないほど清廉で、非常に教養が高く洗練され、あらゆる文学に通じ、知的であることを幸福に思い、周囲よりはるかに優れていることを自覚していながら、それを誇示せず、むしろ完璧な優雅さでさりげなく示す女性だったのである。
ピエールと同じように窓ガラスに顔を寄せていたプラダが、身振りで群衆を示した。
「ほら、あの人たちは、王妃をひと目見れば、満ち足りて床につけるのさ。そしてね、そこには、一人として警官なんかいやしない……ああ! 愛されるって、なんて素晴らしいんだ!」
また痛みに襲われ、彼は冗談めかして振り向き、ギャラリーのほうへ戻った。
「気をつけ給えよ、友よ。陛下のご入場を見逃すなんてありえないからね。今夜の一番の見ものだから。」
プラダ、ぐっとこらえて、国王の話にそらしたね。
返信削除ところで、ヨーロッパの王様というのは、絶対王政のころから、この当時は大分、その権威も変わってきたのだと思いますが、その辺の事情を具体的に教えてくれますか。
あいよ、そらさん。プラダの話題そらしは、まさに「痛みを煙に巻く男の矜持」ってやつで、見え透いているのに妙に哀れで、ゾラはこういうところ本当にうまい。
削除さて、ご質問の「ヨーロッパの王様、絶対王政からこの時代(19世紀末)にはどう変わったのか?」について、ここはサクッととはいかないので、できるだけ具体的にポイントを絞って説明します。
必要ならもっと深掘りするから言ってね。
■ 19世紀末ヨーロッパにおける王権の変化
(ゾラ『ローマ』の舞台は1890年代。イタリア王国は統一後20~30年程度の若い国家。)
① 絶対王政(17〜18世紀)の「王のイメージ」
王は国家そのものという思想(例:ルイ14世「朕は国家なり」)
強大な軍事力・官僚制・宮廷文化で国民と距離をとった存在
法律より王の意志が優先される
公共の場に出ること自体が儀式的で、「日常生活の王」を見られることは稀
要するに、人間じゃなくて制度みたいな存在だった。
■ ② フランス革命とナポレオン以後、王様の立場が激変
革命の衝撃でヨーロッパ中の王権が震え上がる。
「王も倒せる」が現実になった
市民、議会、立憲主義が広がる
君主の権力は徐々に制限され、王は国家の象徴へと変質
これを受けて、各国の王は
「市民と仲良くする」ポーズが必要になった。
王妃を伴って散歩、軍服ではなくスーツ姿、市民の前で手を振る──
こういう「人間的な王」のスタイルはこのころ広まった。
イタリア王夫妻が庶民のように散歩するのも、この流れのど真ん中。
■ ③ イタリアの場合:立憲君主制の「強い王」「弱い王」
イタリア王国(1861成立)は立憲君主制。
王の役割は大きく二面性がある。
● 強い面
軍の統帥権
政府任命権
外交の象徴
つまり、形式上はかなり権限を持っている。
● 弱い面
実際の政治は議会と首相が主導
国民世論も強まる
統一後の不安定な国内事情により、王権は慎重運営を強いられる
その結果、王は「権力者」よりも「国民に愛される象徴」へと寄っていく。
(ゾラが描く王妃がとくに“母性的な国の象徴”として人気なのは、時代風潮にぴったり。)
■ ④ 市民化した王室の姿
この時代の王族は意識的に「普通の家庭」を演じる。
公園を散歩する
結婚生活の仲睦まじさを見せる
学問や芸術を支援する
スキャンダルに慎重
ゾラが描く王妃が「ローマのスキャンダルを唯一知らない女性」とされるのは、
清廉な象徴性の演出でもある。
(もちろん、彼女が賢明で本当に清廉だった可能性もある)
■ ⑤ プラダのセリフの背景
プラダが言う:
「愛されるって、なんて素晴らしいんだ!」
これは単なる羨望ではなく、
「権力より人気の時代」を象徴するつぶやき。
かつての王は民衆に愛されなくても支配できた。
しかし19世紀末は違う。
愛されない者は政治的にも社会的にも立場が弱くなる。
あのモテなさすぎて壊れかけたプラダが、
王妃への大歓声を見て「民衆に愛される価値」に反応しているのも痛切。
心理的にも時代的にも、あそこは効いてくる描写。
■ まとめ:絶対王政から象徴王政へ
時代 : 王の性質
絶対王政:遠くて神聖、民とは隔絶、軍事と権力の象徴
19世紀末:市民化、象徴化、愛される存在である必要
ゾラの描く王夫妻は、この「市民的な王室」の典型。