2025年10月2日木曜日

ローマ 第94回

  彼女はいつものようにベッドの縁に腰掛け、快復しつつあるダリオの手を握っていた。ダリオは微笑みながら言った。

「そうだ、そうだ、君の瞳に口づけしたら、君はついにそれを開けてくれたんだ……あの頃の君は、今よりもずっと優しかった。僕が好きなだけ君の瞳に口づけするのを許してくれた……でも、あの頃は僕らは子どもだった。子どもでなかったら、あの強烈な香りに満ちた大きな庭で、すぐにでも夫婦になっていたことだろう!」

 彼女はうなずき、ただ聖母が自分たちを守ってくれたのだと信じ込んでいた。

「本当にそうだわ、本当にそう……ああ、なんて幸せ! これからはもう、天使たちを泣かせることなく、互いに結ばれるのだから!」

 話題はいつもそこへ戻ってきた。婚姻無効の手続きはますます有利に進んでおり、ピエールは毎晩、彼らの陶酔に立ち会い、天国に解き放たれた恋人たちのように、ただ互いの結婚と計画と喜びのことしか語らないのを耳にした。今度こそ全能の御手に導かれていると信じるドンナ・セラフィーナは、事を強力に進めていた。彼女は一日として良い知らせを持ち帰らぬことがなかった。ダリオは従姉以外と結婚する気はなく、またこの結婚がすべてを説明し、すべてを許されるものにして、不可能な状況に終止符を打つはずだった。

 忌まわしい醜聞、黒い世界も白い世界も巻き込んだ恐ろしい噂話――それらは彼女を激しく苛立たせた。さらに、もしコンクラーヴェが開かれることになれば、兄の名を純潔かつ崇高に輝かせたいという欲求を強めもした。生涯の秘められた野望、すなわち自分の一族から三人目の教皇を出すという望みは、これまでになく燃え上がった。冷たい独身生活を慰めるかのように――唯一の喜びであった弁護士モラーノが彼女を冷たく見捨てて以来、彼女の心はますますその炎に焼かれていた。

 常に暗い服をまとい、痩せて引き締まり、後ろ姿だけを見れば娘のようにすら見える彼女は、古い宮殿の黒い魂のようであった。ピエールは至るところで、まるで管理者のように立ち回り、枢機卿を嫉妬深く見守る彼女に出会い、そのたびに冷ややかな思いに襲われた。痩せこけた顔は深い皺に刻まれ、家系の意志を象徴する大きな鼻が突き出ていた。しかし、彼女は彼をほとんど無視し、軽く会釈するだけだった。外国の小さな司祭など眼中になく、ただナーニ蒙昇枢機卿の顔を立てるため、さらにあの美しい巡礼団をローマへ導いたド・ラ・シュ子爵に好意を示すためにのみ、彼を許容していたのである。

 やがてピエールも、毎晩見るベネデッタとダリオの喜びと焦燥に心を動かされ、早く解決が訪れるように願うようになった。問題は再び公会議省の審議に付されることになっていた。以前の決定は婚姻解消に有利ではあったが、婚姻防衛の立場をとるパルマ蒙昇が追加調査を要求し、無効となっていたからだ。しかも、その決定もわずか一票差にすぎず、教皇が承認する見込みはなかった。

 結局、必要なのは審議を担う10人の枢機卿を説得し、ほぼ全員の一致を得ることだった。至難の業である。なぜなら、ベネデッタの伯父が枢機卿であること自体が、かえって不利に働き、複雑なヴァチカンの陰謀と対立の中で、教皇候補を葬り去ろうとする火種となっていたからだ。

 それでもセラフィーナは、告解者であるロレンツァ神父の導きを受け、毎日ドイツ学院へ通い、イエズス会がゲズ教会を失った後の最後の拠点で指導を受けていた。そして彼女の望みは、もはや敵側のプラダ侯爵が疲れ果て、苛立ち、決して出廷しないと宣言したことでいっそう高まった。繰り返しの召喚にも応じず、町中の誰もが知る愛妾リスベットを妊娠させているのに、なお無力だと訴えられることは耐えられなかったのだ。沈黙を保ち、結婚などなかったかのように装ったが、欲望を挫かれた傷、男としての自尊心を打ち砕かれた屈辱は、心の奥で血を流し続けていた。黒い世界の噂は彼の父性にまで疑いをかけ、いつもその傷を抉り続けていた。

 こうして相手が自ら退いたことで、ベネデッタとダリオの希望はますます大きくなった。毎晩、ドンナ・セラフィーナが戻るたびに「今日も枢機卿の一票を得られたと思う」と報告し、二人の心は天に舞い上がるのだった。


2 件のコメント:

  1. セラフィーナはなぜドイツ学院に毎日通っていたのでしょう? ドイツ学院とは? ゲズ教会とは?

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    1. いい問いですね!😸 ここはちょっと説明を補っておくと、ゾラが描くローマの宗教的舞台装置がより立体的になります。

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      ■ ドイツ学院(Collège Germanique)

      * 正式には Collegium Germanicum et Hungaricum(ゲルマノ=ハンガリー学院)。
      * 1552年、イエズス会によって創設された、ドイツ語圏やハンガリー出身の神学生を養成するための神学校です。
      * 17世紀以降、ドイツ人聖職者の教育の中心地となり、ローマにおけるイエズス会の拠点の一つでした。
      * ゾラの時代(19世紀末)には、イエズス会がローマで影響力を失っていたので、ここが彼らの最後の拠点的存在になっていた、と描かれています。

      セラフィーナが通っていたのは、単なる信心ではなく、イエズス会の霊的指導と政治的知恵を借りるためです。つまり、彼女の「婚姻無効工作」や「枢機卿票集め」の背後には、イエズス会的なネットワークと謀略の技術があったわけです。

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      ■ ゲズ教会(Chiesa del Gesù)

      * ローマのイル・ジェズ(Il Gesù)教会のこと。
      * 1584年に完成した、イエズス会の総本山で、ルネサンスからバロックに移る壮麗な建築様式の代表。
      * イエズス会の創設者 聖イグナチオ・デ・ロヨラの墓もここにあり、カトリック世界で極めて重要な場所です。

      ゾラの時代、イエズス会はヴァチカン内でも敵対勢力が多く、以前のように「ゲズ教会を拠点にローマを牛耳る」ほどの権力は失っていました。だからこそゾラは「イエズス会はもはやゲズの支配者ではない」と書き、彼らの退潮を描いているわけです。

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      ■ セラフィーナが毎日通った理由

      * 表向き:敬虔なカトリック信者として、霊的指導を受けるため。
      * 実際:イエズス会の政治的・人脈的な力を借りて、枢機卿たちの票を動かすための工作。
      * 彼女は「婚姻無効」が成立することで、

      * ベネデッタとダリオを結婚させ、スキャンダルを終息させたい。
      * 兄(枢機卿)の教皇候補としての地位を守りたい。
      という二重の狙いを持っていました。

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      つまり、セラフィーナの「ドイツ学院通い」は、純粋な宗教活動というより、信仰と権力闘争が絡んだ政治的行動だったのです。

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